朝食

 スザンナは父の部屋を訪ねていた。扉を開けて目に飛び込んできた光景に、スザンナは言葉を失う。寝台枠の中で抱き合って寝る男と少年の姿が目の前に跳び込んできたのだ。

「なんていうソドミー……」

 抱き合って寝る父とエドマンドを見つめながら、スザンナは口を開く。これでは二人が同性愛者と噂されても仕方がない。頭が痛くなるのを感じながらも、スザンナは寝台枠へと近づき二人に声をかけていた。

「父さん、エドマンド。朝よ」

 鎧戸を開け部屋に陽光を取り入れる。すると寝台枠の中で、エドマンドが体を大きく動かした。

「ううーん……」

 眼をこすりながら彼はよろよろと寝台枠から立ちあがり、壁際に置かれた食器棚から水差しを取り出していた。彼はおぼつかない足取りで寝台枠に昇ると、手に持った水差の水をウィルアムの顔めがけて零していく。

「ぶふう!!」

 奇妙な声をあげながら、父はがばりと体を起こしてみせる。彼は眠たそうに突っ立ているエドマンドを睨みつけていた。

「エドマンドっ! いつになったら普通の起こし方を覚えるんだっ!?」

「あ、ウィル……。おはよう……」

 小さな声でエドマンドがウィルアムに言葉を返す。かれはふらふらと食器棚の側に置かれた椅子型のチェストへと赴き、纏っていたシャツを脱ぎ始めた。

「やめて、エドマンドっ!」

 両手で顔を覆い、スザンナが叫ぶ。ウィリアムは慌てて寝台枠から跳びだし、全裸になったエドマンドを抱きしめていた。

「部屋から出なさいっ! スザンナっ!」

 自身の体でエドマンドを隠し、ウィリアムは娘に叫ぶ。ひいと声をあげながら、スザンナは部屋から跳びだしていた。




「ごめん、覚えてない……。本当にごめんなさい」

 椅子型のチェストに座るエドマンドは、頭を深々とさげてスザンナに謝罪する。彼と対面する形で座るスザンナは、彼から顔を逸らし自分の眼前に置かれたパンを見つめていた。

 スザンナの座るチェストの前にはテーブルが置かれ、大きな黒パンが置かれている。黒パンの内側はくりぬかれ、そこにはバターが山盛りに盛られていた。スザンナはパンの外側を千切り、バターをつけて口に頬張る。

「美味しい」

 この宿の近所で売られているパンの味に、スザンナは顔を綻ばせていた。

「スザンナ……」

 エドマンドが顔を覗き込んでくるが、彼女は顔を背けて顔を合わせないよう努める。父と同衾しているだけでも驚きなのに、異性である自分の眼の前で二度も服を脱ぐなんて本当にあり得ない。

 顔はそっくりなのに、自分とエドマンドの中身は全くと言っていいほど違うのだ。出会ったころから破天荒な人間だとは思っていたが、ここまでとは思いもしなかった。

「スザンナ許してやってくれ。エドマンドだってワザとやった訳じゃないんだ」

 エドマンドと共に椅子型のチェストに座る父が声をかけてくる。そんな父を睨みつけ、スザンナは声をはっしてみせた。

「お父さんこそ、こんなにゆっくりしてて大丈夫なの」

「ああ、まだ大丈夫だ」

 立ちあがったウィリアムは、日時計の指輪を陽にかざし時間をたしかめる。時刻は午前七時を回ろうとしているところだ。父はスザンナを見つめ、言葉を続ける。

「スザンナこそ、大丈夫なのか?」

「なにが?」

「その、格好は……」

 父の眼はスザンナの顔から、その下へと移っていた。スザンナは昨日と同じように、男物の服を着ていたのだ。

 スザンナはシャツの上にボタンのついたジャーキンを羽織っていた。彼女の両脚はブリーチに覆われ、細い踝が露わになっている。その状態でスザンナは椅子に座り朝食を頬張っているのだ。

 女が男の格好をすることほど非常識なことはない。下手をしたら懲罰椅子に縛り付けられ、人々に嘲笑される危険すらあるのだ。しかも彼女が纏っているのは、他ならぬエドマンドの私服だった。

「エドマンド。これはどういうことだ?」

「うん、俺もウィルが帰れるようになるまで、スザンナにはここに留まってもらった方がいいと思って。この辺り治安も悪いし、男の格好してた方が何かと都合いいんじゃないかな? 芝居で俺の代役やってもらうとか。もちろん危険だから本番には出てもらわないけれど」

「女が舞台に立つだと?」

「申命記では男も女の格好をするなって書かれてるのに、どうして少年俳優が女を演じることは禁じられてないの。俺はそっちの方がずっと疑問。海外だと普通に女の役者もいるっていうじゃないか。別にスザンナが舞台に上がっても、神様は怒らないと思うよ」

「お前たち……」

 頭を抱えながら、ウィリアムは自分の眼の前にある黒パンに視線を落とす。そんな父が少しだけ哀れに思えてスザンナは顔を曇らせていた。

「帰ってやりなよ。俺は大丈夫だからさ」

「でも、今はお前だって危険なんだ。離れられるわけがない」

「ウィル……」

「街を一人で出歩くのもしばらくは控えろ。このあいだのような騒ぎはぜったいに起こすな。昨日のように夜に外出するのも禁止だ」

 声を潜め、父はエドマンドの腕をそっと握りしめていた。エドマンドはつまらなそうに顔を俯かせ、ぽつりと呟く。

「俺……男なのに……」

「関係ない。お前の身の安全が第一だ」

 ぎゅっとエドマンドの腕を強くつかみながら、ウィリアムは言葉をはっしていた。エドマンドは戸惑った様子で彼から視線を逸らす。

 二人の会話を聞いていたスザンナは眉をひそめていた。

 何なのだろうか。この会話は。まるで、エドマンドが狙われているような口ぶりではないか。

「エドマンドは誰かに狙われているの?」

 疑問が言葉になる。ぎょっと二人はスザンナを見つめ、お互いに顔を見合わせた。

「俺って少年俳優だろ。こういう仕事やってると、変なのにつけ狙われることもあるんだ」

 ぎこちない笑みを浮かべ、エドマンド答えてみせる。父はそんなエドマンドから顔を逸らし、静かに黒パンを食べ始めた。

「変なのですめば、いい方なんだがな……」

 裂いたパンを口に含みながら、父は鋭く眼を細めていた。その父を眼にスザンナは違和感を覚えていた。



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