ソドミー

 シアターから歩いてすぐの聖へレンズ教会の教区に、シェイクスピアの暮らしている下宿先はある。仕事による利便性を考えた結果だろう。酒場の上にあるその部屋に父はエドマンドと二人で暮らしているようだった。

 通常少年俳優は徒弟とみなされ、成人俳優のもとで修業を積むのが一般的だ。だが彼は、劇作家である父の家に居候しているという。

 それも、二人っきりで。

 大きくため息をついて、スモックの上からナイトガウンを羽織ったスザンナは寝台枠に引かれたわらのマットの上に腰を下ろしていた。寒さをしのごうと薄い毛布を体に巻き付けてみるが、冷気は容赦なくスザンナの肌を刺す。

 劇団に残りたいといった自分に対し、父は怒りを露わにした。子供にかまっている暇はないと、彼はスザンナを怒鳴りつけたのだ。そんな彼を宥めてくれたのは他ならぬエドマンドと、シアター座に駆けつけたケンプだった。

 スザンナは父とは違う部屋を宛がわれ、ロンドンでの最初の夜を過ごそうとしている。何よりも彼女が気がかりだったのが、父とエドマンドの関係だ。

 昼間の騒ぎで勘づいてはいたが、エドマンドは宮内大臣一座の中でも花形の少年俳優だという。そんな彼が父と二人きりで暮らしているのだ。悪い噂がたっていなければいいのだが。

ソドミー同性愛者……」

 スリを働いた少年の言葉を思い出す。人を堕落させる邪悪なものとして同性愛は嫌悪され、その所業は悪魔ですら嫌悪を抱くという。彼の言葉から、父とエドマンドがただならぬ関係でないと噂されていることはたしかだ。

 もし、そうだとしたら。

「私ってば、何考えてるの?」

 不埒な妄想をしている自分に気がつき、スザンナは頭を振っていた。

 父が同性愛者であるはずがない。母であるアンは結婚する前に自分を身籠っていたのだ。婚姻前の妊娠は下手をすると刑罰の対象ともなる危険なものだ。そこまで母に夢中だった父が、年の離れた弟に手を出すとは到底思えない。

 それに、スザンナにはもう一つ気にかかることがあった。

「エドマンド叔父さんって、今年で十七になるはずよね」

 叔父のエドマンドは、スザンナの記憶が確かなら今年で十七になるはずだ。十四歳のスザンナとは三歳も違う。けれど、今日の昼にスザンナが出会ったエドマンドは、どう考えてもスザンナと同い年か、それ以下の年齢に見えた。

「あの人は、本当にエドマンド叔父さんなの?」

 疑問が呟きになる。その呟きに応えるように、部屋の扉がノックされる。びくりと肩を震わせながらも、スザンナはどうぞと小さく声を発していた。

「スザンナいる?」

 エドマンドの声が扉の向こうから聴こえてくる。スザンナは身を固くしながらも、寝台枠から立ちあがっていた。それに応えるようにエドマンドが扉を開けて入ってくる。

 シャツを纏った彼は長い髪を耳にかけながら、こちらへと歩んでくる。窓の隙間から入り込んでくる月光がそんなエドマンドを照らし出した。

 彼の細い脚が長いシャツから見え隠れする。シャツから覗く素肌は月光に照らされ、蒼く光り輝いていた。その妖しげな光に導かれるように、スザンナは彼の体を見つめる。

 肉の薄い胸と、くびれた腰が月光に照らされておぼろげながら浮かび上がる。彼が歩くたび女のように長い髪が、その肢体に纏わりつくのだ。

「どうかした?」

 彼が自分の顔を覗き込んでくる。黒く澄んだ眼から、思わずスザンナは視線を逸らしていた。自分にそっくりな少年に見惚れていたなんて口が裂けても言えない。

「その……、なに……?」

 たどたどしい声を彼にかける。彼はそっと寝台枠から離れ、スザンナに背中を向けた。そっと彼は自分のシャツを脱ぎ捨てる。

「エドマンドっ!?」

「よく見て、背中……」

 静かなエドマンドの声がスザンナの動揺を鎮める。彼の背中には無数の傷があった。月光に照らされるそれは、鞭打たれた痕だ。

「これ、まさか……、お父さんがっ?」

「違うよ、ウィルじゃない。パンを盗んで、その罰として鞭打たれた痕だ。ずいぶん昔のはなしだけどね」

 エドマンドがこちらを振り返る。彼は笑っていた。

「クロス、それが俺の本当の名前……」

 笑う彼の眼が妙に悲しげで、スザンナは思わず彼に尋ねていた。

「エドマンド叔父さんは、どこにいるの?」

「会いに行こうか。本物のエドマンド・シェイクスピアに」

 こちらに振り向くエドマンドがそっと言葉を紡ぐ。スザンナはそんな彼に頷いていた。




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