第52話 俺と嫌な予感
「まあ! 素敵だわ、どうしましょう。目移りして困ってしまうわ!」
「エレノアさま、これ全部クロエさまが作ったんだよ!」
「オレさまあじみした! うまかったぞ!」
「なっ……! 味見なんて聞いてない! クロエ、おれは味見してないぞ!」
明るいシャンデリアのある食堂にぞろぞろとやってきた俺たち。扉をひいた俺ににこっと笑んでから婆さんは一番に中に入って、歓声を上げた。
白いレースのテーブルクロスをひいたテーブルの上にはバニラとベリーの甘酸っぱさ漂うパイタルト、アーモンド、みかん、抹茶、ラズベリークリームのマカロン、ふわふわ真っ白の生クリームに艶やかな苺が一粒のったショートケーキ、しっとりスフレのチーズケーキとまだ温かいアップルパイとスコーンのジャムはマーマレード、レモンクリーム、ミルクジャム。
5つの光を弾く銀色のティースタンドに全種ずつ配置されたそれらと。大きなガラスでできたボウルの中には、きらきらひかるクラッシュコーヒーゼリーやオレンジムースなどの変わり種。
伏せられたのはそれぞれの部屋のイメージカラーを模したティーカップ。可愛いネコの描かれたシュガーポットやミルクポット。犬の形の取り皿と銀製のナイフやフォーク、女子が好きそうな感じでまとめたそれは、婆さん奪還祝いであり、家族が揃った記念だ。
そのために、早朝から趣味の腕を振るいまくって一番に起きてきたレオが待ちきれなさそうにそわそわしてたから。カラフルなマカロンを1つ口に入れてあげたんだ。ずるいずるいとごねて地団駄を踏むバルーフに、呆れた視線でチャーリーは言った。
チャーリーも婆さんが帰ってくるのを楽しみにしてたのか早く起きて食堂に来てたんだよね。我が騎士とか呼ばれる立場なら余計にだろう。で、マカロンを口に入れる瞬間を見てた。
「したんはレオだけじゃ、許しいバルーフ」
「あら、ヴァルは名をクロエに貰ったのですね。なんという意味なのですか?」
「祝福、という意味だ!」
「あらあら、素晴らしいわ!」
小さく笑いながら、子どもみたいに黄色の目をきらきら輝かせ婆さんは腰に手を当ててふんぞり返っているバルーフの頭を背伸びして撫でた。それに、照れ照れしているバルーフを仕方なさそうみるチャーリーの目は優しかった。いや、でもわかる気がする。なんかあそこら辺が仲良くしてると微笑ましい気分になってくるよね。
俺は厨房を背景に今日からお誕生日席に、後はそれぞれのカラーのティーカップがおいてある場所へと自然に座った。
が。
「ああ、そうだわ! クロエ、わたくしのかわいらしい孫。わたくしのお友達も呼んでいいかしら? お願いよ」
「え……あ、う、うん。いいと思うけど」
「よかった! あの子、屋敷の泉の水とお菓子が大好きなの!」
「え」
な、なんか嫌な予感がする。
婆さんって騎士がつくからには結構な重鎮だよね? そんな婆さんのお友達で沙庭の泉の水とお菓子が好きってさあ。そんな話を最近聞いたような……。
そういえばなんであの時、真っ先にチャーリーはアンピトリテさんの話をした? この展開というか、婆さんがいれば呼べるとわかってたから? ってか一応家族の揃いの祝いで他のひと呼んでいいの? いや、本日の主役ともいうべき婆さんがいいならいいんだけど! お願いって言ってるくらいなんだからなんか用事があるかもしれないし。
そんな回り続ける俺の疑問もなんのそので、婆さんは椅子から立ち上がりオープンウインドウからサンダルブーツのまま外に出ると、サンルーム越しに見えるそのジャングルさに大きな目を瞬かせた。ついでに俺たちもぞろぞろあとを追いかけていく。婆さんの背後を守るようにぴったりとくっついていくチャーリーはさすがだと思った。
「あら……すごいわ。庭が荒れ放題」
「あー……庭についてはこれから手をつけていこうかと」
「じゃあわたくしが元通りにしてしまってもいいかしら?」
「え……できるなら頼みたいくらいなんだけど……、大丈夫?」
「ええ、問題ないわ。……―――・―」
婆さんがサンルームのオープンウインドウを全開に広げる。色んな虫の声やむわっとした濃い緑の匂いがする。両手を胸の高さまで持ち上げ手のひらをジャングルに向かってかざす。ZiだかFaだかよくわからない発音の澄んだ高い声を出したと思った途端。白とラベンダーの紫が交じった色が視界を焼く。
とはいっても、焼くというのではなく、包み込むと言った方がふさわしいかもしれない。それ程に優しい光だった。
穏やかでたおやかで。まるで婆さんみたいだと思った。
そしてその光の塊が徐々に力をなくしていき、消えたときには。帝王樹が植わってると以前バルーフが教えてくれた場所に。
巨木にみたこともない白い花が満開だった。
その純白と言っていい色と香りを映して、芝生の敷かれた庭には小さな池と川、川の先には湧き水が出ているのか小さな泡がぷくぷく立っている水たまりがあった。川の中にはいくつものビー玉が敷き詰められていて、池の蓮の葉陰には金魚らしき尾のひらひら長い魚が揺らめいていた。庭には様々な木々が柔らかく日差しを遮ってくれていて。
まるで夢の世界に迷い込んでしまったような美しい光景に、俺はしばらくぽかんと口を開けていることしかできなかった。
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