第50話 俺と婆さんとチャーリー

 はてさて、あれから2日後。


 昨日のうちに契約書……契約済みのうちの家族に二度と手を出しませんよ、屋敷は俺のものですよ、婆さん返しますよ、沙庭の泉の管理はきちんと片倉がしますよとか、要約すればそんな感じのことが長々と綴られたそれに氏名と印鑑を押して。俺だけじゃ不安だったから家族にも見てもらった。そしてその場でチャーリーとレオ、婆さんは眠ってたけど契約した。


 そして今日。門の中、屋敷の入り口で黒塗りの長い車から降りてきた婆さんには腰から生えた三本の楔に三日月形の鉄はすっかり跡形もなく消えていて。正直な話、真っ白なワンピースに穏やかな陽気のラベンダー色の髪に絡まる白い花が映えてとても綺麗だった。

 白いワンピースは婆さんを幼く見えさせて、女性というよりも少女に見えた。つばの長い麦わら帽子なんて被ってるから余計に。たおやかな笑顔が正気に戻っていることを教えてくれた。


 とか考えられたらよかったんだけど、それよりも、この服って婆さんの付属品だよね? 貰いもん扱いでOK? そもそもこれって手洗い? 洗濯機で丸洗いできんの? 高そうなんだけど! とか考えてしまった俺はバカだと思う。婆さんが帰ってきたことを喜べよ!


 少々自己嫌悪に陥りながら、婆さんを見て固まっている俺を追い越して。家族たちが婆さんに駆け寄る。バルーフは俺に遠慮するように一回だけ振り向いた後、駆け寄っていった。いいよ、いいよどんどん行っといで。


「「エレノアさま!!」」

「えれのあさま!」

「……エレノア殿」


 無邪気に駆け寄っていったレオ、ファニー、バルーフに反して。どこか身の置き場がなさそうに、一度は駆け寄った足を止めながらチャーリーは顔色を白くさせた泣きそうな顔をしながら婆さんにゆっくり近寄る。ってか、エレノア殿って……武士かよと思ったけど、それを言い出すにはチャーリーの醸し出す雰囲気があまりにも重くて言えなかった。


 遠慮がちに名前を呼ぶその声に、周りに来たレオやファニー、バルーフたちの頭を優しく細い指で撫でていた婆さんが微笑みながら口を開く。


「お久しぶりですね、チャーリー」

「お久しぶりであります。エレノア殿、この度は」

「よいのです、これもすべてはわたくしの未熟が招いたこと。我が夫にも、あなたにも。なにも責がないことはよくわかっておりますわ」

「……っ!」


 くしゃりと、チャーリーは泣きそうに顔を歪めた。謝ろうとしたのに謝れないって案外きついことだと、俺は知ってる。謝って、仲直りしてくれるまで機嫌取ってなんていう余計な手間がかからなくていい代わりに、一生許されないのだから。


 きっと、きっとチャーリーには謝りたいと思うことがあって。でもそれはきっと婆さんにとっては「仕方のないこと」で片付くようなものだったんだ。だから婆さんはきっとわかってない、いまの自分の言葉がどれだけチャーリーを傷つけたか。俺たちは家族だ。家族だからと、バルーフたちは言ってくれたから。


 俺もゆっくりと婆さんに近づくために足を進める。チャーリーに合わせられていたおっとり垂れた黄色い目が俺に向けられる。と、ふわり。幸せそうな笑顔が咲きこぼれた。あの機械的な無表情からは考えられないくらいの美しい笑みだった。母性の塊、慈母と言えばいいんだろうか。そんな慈愛の雰囲気にちょっとしり込みした俺だったけど。


「婆さん、チャーリーに。謝らせてやって」

「? なぜです? わたくしが捕らえられたことは我が騎士……いえ、チャーリーの責任ではないのです。謝る必要は」

「あんたがチャーリーを自分の騎士だって、思ってるなら。余計に謝らせてやってよ。じゃないと、気持ちが報われないんだ。一生、許しの言葉が得られないって案外きついことだと思うよ?」


 俺のことを見上げながら、その言葉に首をかしげて。爽やかな風がふわっと吹いて、婆さんのラベンダー色の髪を花ごと揺らす。っていうか、あの花ってどうなってんの? 髪に絡みついて生きてんの? 疑問を浮かべながらも黙っている俺に。

 その白くまろい頬に右手をそわせて婆さんはチャーリーに視線を移すと不思議そうに呟いた。


「……我が騎士よ、謝りたいのですか?」

「!! お許しいただけるのでしたら。この命に代えても守らなければならぬ貴女様をおめおめと目の前で盗まれたこと、どうかお許しを頂ければと存じます」


 チャーリーお前さっきから思ってたけど、普通の言葉遣いできるんだったら最初からそっちにしろよ。なんて決して思ってない。よしんば思ってたとしても顔には出さんぞ、絶対に! 


 そもそも我が騎士ってなに? あー……、なるほど? 婆さんはエンシェントラベンダードラゴンだもんな。エンシェントということはつまり古代竜、ドラゴンとしての格が高い。

 だから婆さんの護衛みたいな感じにチャーリーはつけられたのだろう。いや、いつから一緒というか騎士になったのかはしらないけど。それがなぜ家族になったのかもっとわからないけど。


 婆さんの前に跪きながら深々と頭を垂れるチャーリーのその頭に手をそっとのせて。婆さんは優しい、聞いてるだけで心が落ち着くような声で言った。


「許します、我が騎士よ」

「!!」

「我が夫……旦那様があなたに授けた名は「自由」です。だから、そのような罪のまやかしに囚われずに生きなさい」

「ありがたき……幸せでございます!」


 俺チャーリーのあんなきらきらした笑顔初めて見たわ。そっか、チャーリーにとって爺さんは家族であっても、大事な婆さんを盗った相手でもあったのか。なんか妙に俺に対する態度が冷めてるっていうか、まあ普通の距離感なんだろうけど家族にしちゃ冷たいなと思った。


 いや、これが普通の家族の接し方なのかもしれない。俺、ネグレクト一歩手前の接しかたか常にくっついてくる家族の接しかたしか知らなかったからよくわかんないけど。両極端なんだよな。俺の家族って。おかげでどの距離がいわゆる『普通』なのかよくわかんない。


 そんなことを考えている間に、チャーリーは婆さんに立ち上がるように促され。婆さんが俺の近くへとゆっくり……というかゆったりと気品のある歩き方で近寄ってきた。


 最初に婆さんに意見しちゃったけど、ちゃんとした対面はこれが初めてだ。のんだ唾がやけに重く感じた。ふわりと花の甘いいい匂いがして、胸の高鳴りが大きくなる。

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