第47話 俺と奇襲作戦

 やってきました、《幻獣保護委員会ファンタジ・ル・エール》本部。と言ってもこの間の地下牢じゃないよ、『エンシェントラベンダードラゴン(婆さん)が捕らわれているところ』で察知したバルーフ曰く。


「エレノアさまの場所が移動されている」とのことだったから、その場所にやってきましたいえーい!! っていうか昨日散々バルーフに脅されてて今も地下牢に繋いであんな扱いしてたらただのバカだよね! なんでこんなに壊れテンションなのかって? 決まってんだろ無理に上げてんだよ。言わせんな。


 まあそれはともかく。かわりに転移した場所はどこかの研究所のようだった。白い壁紙の部屋のあちらこちらに培養器が置いてあって。


 その中で蛇に似た頭部と尻尾、四肢の鬣みたいな長い毛が生えた身体から4本の足、背中には背びれのように棘がある動物。巨大なタコ、え、なにあれクラーケンっての? えークラーケンってイカじゃないんだ。あ、あれは俺も知ってる、ガーゴイルだ。


 そんな様々な《幻獣ファンタジー》と思わしき動物たちが培養器の中に入り、培養液でつけられている。それはどこかなんかの怪物博物館みたいできょろきょろしていた俺に、あれはペルーダ、あれはクラーケンと眉をひそめながら解説してくれていたバルーフが、奥の一点を見て足を止める。


 なんでも、みんな珍しく水に強い《幻獣ファンタジー》らしい。そして……その培養器たちの奥。


「婆さん……」


 ひと際厳重に2重の培養器からなったそれの中に、婆さんは眠っていた。腰から生えた三本の楔に三日月形の鉄を生やしたまま。培養液の中、ゆらゆら白い花が咲いた髪が揺れていた。


 本当に眠っていたのかはしらない。わからないけど、少なくとも俺にはそう見えた。


 まるでその時だけが安息だというような穏やかな顔に、意味もなく泣きたくなる。大丈夫、大丈夫だよ婆さん。俺が、家族がきっと助けるから。


「待っていたよ、片倉クロエ君」

「!!」


 突如研究所の中に響いた、嘲笑を含んだその声にはっとする。

 そのまま振り返れば、立っていたのは総統長らしき黒いローブを着た老年の白いひげを蓄えた貫禄ある男がいた。その鋭い眼光だけでビビりそうになるけど、俺はここに婆さんを取り戻しに来たんだ。


 あれ? でもばれてたんなら奇襲作戦失敗か!? と内心青ざめるが、つぎに総統長が言った言葉に胸をなでおろす。


「来るのが予想より早くて、十分な戦力が整えられなかったがね」

「はっ……なら上々って感じだね。奇襲大成功って?」

「ふん、口の減らない子どもだ」

「あのさあ、これ真面目に問いたい質問なんだけどいい?」

「……言ってみるがいい」

「婆さんを捕らえたのは許さないけど、改造した理由がわかんない。なんで?」

「……最近の子どもがゆとりによって頭が弱くなりつつあるというのは本当だったのか。エンシェントラベンダードラゴン・Lexyレクシィは本来戦闘用の《幻獣ファンタジー》ではない。故に《幻獣ファンタジー》の中でも強い部類とてまともに《幻獣ファンタジー》トリトンにぶつけても敵わんだろう。だから、改造を施すことにした。そうすることで凶暴性、攻撃力をあげ日本を守るのだ」


 あわよくば《幻獣ファンタジー》トリトンをこの手にするためだ。そんな副音が聞こえた気がした。

 それにイラっともしたけど。アサラ民族の大予言とやらで、なんで日本が沈むのか知ってるなら。《幻獣ファンタジー》トリトンの法螺貝を先に回収するか何かすればいいじゃないかと思う。そんな考えが顔に出たのだろう、総統長は大きく。大げさにため息をつきながら目を閉じてゆったり首を振った。


「こちらには、しばしば未来を予知する《幻獣ファンタジー》がいる。それ曰く、《幻獣ファンタジー》トリトンの法螺貝を先に回収しても、犯人を簀巻きにして海に捧げても。結果は日本沈没以外ありえないそうだ。唯一、Lexyレクシィを《幻獣ファンタジー》トリトンにぶつけることでなんとか被害は最小になると」

「俺たちに、1つ手がある。って言ったら? 婆さんを返してくれたら、改造だなんだも元に戻してくれたら、提示する案がある」

「……はあ、聞こえなかったのかね? どんな手を尽くそうとも」

「総統長、大変です!!」

「なんだ!!」


 そこに飛び込んできたのはいかにも平ですと言わんばかりの、黒いローブを着た中年のおっさんだった。汗をかいて、メガネがずれずれでついでに頭がバーコード。スーツの方が似合うなと他人事のように思ったけど、どう考えても俺には関係ない他人事だった。


 俺とおっさん、2人に二度も言葉を遮られて若干いらついたように総統長は怒鳴った。それに、ひっと悲鳴にならない悲鳴を漏らしてから。俺の……俺たちの存在にやっと気づいたように目を丸くしたおっさんだったが、それよりも重要なことだったのか。総統長のもとまで転がるようにかけるとなにかを耳打ちした。


 だけどはっはーん、こっちには地獄耳のレオがいるんだもんねーだ。レオに話を盗み聞くようにアイコンタクトすると会話を聞いていたらしいレオは総頭長と同じように目を見開く。そして叫んだ。


「さにわのいずみとくろえのおかしでほんとうににほんがすくえるのか!?」

「え」

「「「「は?」」」」

「うむ、計画通りじゃいの」

「待て、ファイアー・ドレイクは火を吐くしか能のない《幻獣ファンタジー》のはず」

「うちのレオは地獄耳なんですー、レオに聞き取れない小声なんてありませーん!」

「せーんだ!! ついでに《幻獣ファンタジー》アマビエがいってたっていってたぞ!!」


 ファイアー・ドレイクは火を吐くしか能のない《幻獣ファンタジー》とかいうから、むかついてふざけて返せばそれにのっかる形でレオが俺の言葉の後に続く。


 ってか、え。待てよ。俺のお菓子と沙庭の泉でほんとに日本救えんの!? 日本の価値安すぎじゃねえ!? いや確かにばあさん救出ついでにこの案を提案しに来たけど、マジで!? 冗談きついよ!? 


 つーかアマビエって《幻獣ファンタジー》なんだ。妖怪かと思ってたよ。ん? あれ? 妖怪と《幻獣ファンタジー》の違いってなんだ? はてなマークが頭の中に乱舞していた俺は、家族たちが構えたのに気づかなかった。


「お前、それ以上クロエに、我が主人に近づいてみろ。殺してやるぞ」


 呪いよ盛大にあれと言わんばかりのバルーフの声が響いてやっと。総統長が近づいていることに気付いた。リザードマンにデュラハンいつのまにか自身の《幻獣ファンタジー》たちを伴って。

 半分まで近づいたところで、総統長は足を止めると。居丈高に言い放った。

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