第43話 俺と家族
「おこられるとおもった」
「え?」
「かってに、ものをたべていたからだ」
「ああ。そりゃあ食べられないもの食べてたら怒るけど……別にお菓子くらいいいじゃん。どんどん食べなよ」
「っ!! 《
「あー、それね。あいつらがおかしいんだ。変なのはあっちだから気にしなくていいよ。ってか、身体小っちゃいんだからいっぱい食べて大きくなりな」
「!!」
その赤い瞳が涙の膜によって揺れる。え、なに俺なんかおかしいこと言った!? と思いつつあたりを見まわせば、驚いた顔をしているバルーフ、ファニー、そしてチャーリー。
どうしようとあわてて挙動不審な俺に、着ている(?)服の袖で目を思いっきりこすりながら。レオナルドはぽつぽつと、でもだんだんと激しくなる涙声で。
「けいいちろうも、そういってた」
「爺さんも?」
「オレさまはおさなごなのだから、よくたべよくねむり。たい……たいせつな……ひっく……おもいでばかりを、このみにつめておおきくなれ……と。なのに、なんで……なんでけいいちろうは、もういない? オレさまはこれから、なにをおもっておおきくなればいい? なんで、なんで!!」
思いっきりこすってもこすってもあふれてくる涙。すすった洟。どう見ても泣いてる。爺さんが言ったことを、ここまで心に抱いて生きている相手に俺はどんな言葉を返せるのだろうか。俺は、家族になろうといえるのか。
でも、それでも。思わず目つきが鋭くなって、レオナルドを睨みつける。心の奥からマグマのように湧くこの感情に名前を付けるとしたら。
きっと、怒りだ。
「ふざけんな」
「……え」
「あんた、爺さんのこと馬鹿にしてんの?」
「なっ……オレさまがけいいちろうのことをばかにするわけっ!」
「ふーん、そう? でも俺はあんたたちのことを爺さんに頼まれてる。どうしても取り返してほしい大切な家族で、仲間で、戦友だって。爺さんは、俺を選んでくれたんだ。……それってさ、俺だったら大切な思い出が作れるって思ったからじゃないの? あんたの身体に詰め込んでも押し込んでも入りきれないくらいの思い出を、俺なら作れるって思ったからじゃないの?」
「でも! ……でももうけいいちろうはいないんだ!」
「知ってる、知ってるよそんなこと。なに、あんただけが悲しいとでも思ってんの? ならバルーフは? ファニーは? チャーリーは? ……俺は? 爺さんの思い出だけで育ったんじゃない俺は! いったいどうすればいいんだよ! 友達も親戚も、親すら愛さなかった俺を! 爺さん以外の誰が愛してくれるっていうんだ! 誰が、この空っぽの心に思い出をくれるっていうんだよ!!」
口から出るのは人間の身勝手な心。そうだとわかっていたけど、でもいくら言っても足りなかった。こいつらは、家族は爺さんに愛されたのに。俺は爺さんに家族だと言ってもらえたことすらなかったのに。なのになんでこんなにも思い出があるのに。
なかったみたいな、もっと欲しかったみたいな言い方ができる。大切なものなんていらなかった、ただ爺さんともう一度笑いあえたなら。それだけでよかったのに。俺には、それしかなかったのに。ないのに。
悔しい、どうしようもなく。俺は、俺はこの心を。持て余し気味な、思い出のないそれをどうすればいいんだ。悔しくてレオナルドを睨んでいれば、驚いたのか涙を止めてぽかんと口を開けたその姿が徐々に歪みだす。
目の端を伝っていった熱い雫に、俺は自分が泣いていることに気付いた。苦しくて苦しくてたまらなくて。でもそんな醜い感情を家族相手にぶつけるつもりはなかった。自己嫌悪に歯を噛みしめる。
静寂に満ちたリビングで、動いたのはバルーフだった。
優しく、まるで糸を結ぶみたいに柔らかく。縋りついていたところから、俺の頭を抱きしめた。おかげで他のみんながどんな顔をしてるのかが見えなくなったが、きっと見ていたらおざなりな取り繕いの言葉が止まらなかったから。これでいいんだと思う。
「おれが、ファニーがお前を愛そう。心が空っぽだというのなら、お前がくれた優しさを返そう。だから、思い出だけで生きていこうとしないでくれ。だからどうかおれたちを、なによりもクロエ自身を嫌いにならないでやってくれ」
「……バルーフ、愛の反対語って知ってる?」
「……無関心、だろう? 敬一郎が言っていた」
「俺は優しくなんてないんだ、きっと俺は」
「それでも、クロエがおれたちに服を与え食べ物を与え住むところをくれて、帰る場所をくれたのは他でもない事実だろう。だからクロエ泣くといい。眠るといい。今日は色々なことがあったから、クロエも混乱してるんだ。だからもうゆっくりと、心をほどくといい」
無関心だから。無関心だからあんたたちに、平等に優しくできる。そういいかけたひどすぎる俺の言葉を遮って。バルーフは抱きしめる力をかすかに強くした。
爺さんが死んだときにもうこれ以上ないと思うほどに泣きつくしたはずなのに。なんでこんなにも涙がこぼれてくるんだろう。なんで、こいつは「爺さんの家族だから」っていう義務感から会いに、助けに行った俺をこんなにも庇ってくれるんだろう。
どうして、このひとたちはひどい言葉を投げかけた俺を怒らないんだろう。興味がないのか。爺さんみたいに、やっぱり俺を愛してはくれないのか―――。
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