第42話 俺と超ヤンデレ理論

「なにこのじょうきょう」


 騒がしさに目が覚めて、身体を起こした俺は自分がソファーに寝かされてることに気付いて。ここはどこだ? とぼんやりした頭で、あ。リビングだと気付いたものの。なにか騒がしい方へと視線を向ければ、思わずじと目でひらがなになってしまったのは仕方のないことだったと俺は思う。


 そういえば肩が痛くないと思って見てみたら、傷なんてなかったかのように綺麗な皮膚が覗いていた。バルーフが治してくれたんかなとか思ってれば。


 だって泣きわめきながら包丁を自分の首に当てようとしてるバルーフと、それを羽交い絞めにして首を振りながら説得しつつ止めてるファニー。なぜか自分の髪を縛ってる炎で指でつまんだマシュマロをあぶっているレオナルドに、ひゃっはっはっはっはっはと独特の笑い声をあげてるチャーリーはorzの形になりながら赤い絨毯を殴って、見る限り笑いすぎて泣いてる。


 いや、意味わからんし。カオスすぎて一瞬気が遠くなった。また気絶するかと思ったわ、どんな修羅場だよ怖いわ。


 とりあえず、誰も俺が起きたことに気付いてなさそうだから。手を叩いた。その音に気付いたのかバルーフが俺を見るとつられてファニー、レオナルド、チャーリーの順で俺の方を振り向いた。


 ……とにかくチャーリーはよだれと涙拭けよ。色々汚いぞ。ちゃんとしてれば執事みたいな恰好の似合う好青年なのに。まあ黄緑色の髪の毛ってところが二次元丸出しだけど。いや、ちょっと次元間違ってません? って言いたくなる。まあそれ言ったらうちの家族ファニー以外全員そうなんだけどさ。というのは後にして。


「バルーフは包丁置いてこっち来て。ファニーもレオナルドもチャーリー……は顔拭いてからこっちにおいで。そこにあるティッシュ使っていいから。あ、レオナルド! マシュマロのみこんでからでいいからね、のどに詰まると怖いから」

「うむ」

「オレさまはこどもじゃないんだぞ! のどにつまらせたりなどするものか!」

「クロエェェェェ!!」

「包丁置けって言ったでしょ! 誰が持ったまま突進して来いって言った!?」

「誰かに殺されるくらいなら……ひっぐ、おれがクロエをころすぅ」

「なにその超ヤンデレ理論やめて」


 家族を手元に集めようとしたら、包丁を持ったままのバルーフがファニーをふりきって突進してきてくれたおかげで危うく永遠の眠りにつきそうになった。やめてよ! こわすぎ! なんでそんな超ヤンデレ理論に到達しちゃったの!? クロエさんわからな過ぎて辛いよ!? 包丁を差し出すように言葉にしなくても伝わるかなと思ってアイコンタクトで、手を差し出したら。


 わずかに戸惑ったようにソファーの前に来て、泣きじゃくりながらお手をされた。違う! そうじゃない! なんとか言いくるめて包丁を渡してもらったところで気付く。


『誰かに殺されるくらいなら』ってなんだろう? ってなに? いつ俺殺されかけたの?


 えぐえぐ泣きながらソファーに寝かされた俺に縋ってるバルーフの頭を撫でてながら。状況把握のためにソファーの周りに集まってきたファニーたちを見る。羽交い絞めにしてたせいか、だいぶ疲れてるけどこっちは話せそうだからファニーに事情を聴くとしよう。


 レオナルドはいまだ口をもごもごしてるし、チャーリーは俺の顔を見るたびに「ひひゃっ」とか「ひゃは」とか笑い声なんだかふざけてんのかわからない声を上げているから。おいやめろ、なんか腹立つ。


「あー。俺、殺されかけたの?」

「全然。えーと……どこから話したらいいのかな」

「ファニー! クロエは殺されかけたんだぞ!」

「いや、階段で頭打っただけでしょ」

「あの石階段め! 絶対に許さないぞ!」

「ぶっひゃひゃひゃ、うぬは鈍臭いなんし」

「まったくだ。おかげでオレさまがひまをもてあましてしまったじゃないか」


 自分に人差し指を向けて問う俺に、ファニーは苦笑気味に首を振る。ちょうど転移した場所が階段で、安堵でただでさえ気が抜けてついでに身体の力も抜けていたところにあの不思議な浮遊感と相まってがっくんと膝から落ちて1段転がっただけらしい。


 1段かよ! せめて4~5段ならわかるけど、それでこれは心配しすぎだろ。しかも俺これで殺されそうになったことになってるのかよ!! ダサすぎて泣けるからやめて。外の石階段を透かすようにエントランスの方、石階段の方を睨みながら言うバルーフに力が抜ける。もう、色々とさあ。


 しかしチャーリー、お前はダメだ。誰が鈍いだとこらぁ。これでも小学校から高校まで体育はいっつも5でしたけどね!! ……なんか空しくなるからやめとこ。っていうかレオナルドもさ、暇を持て余したからってなんでマシュマロあぶって食べてんの? マジうちの家族意味不明すぎて怖いんだけど。


 第一そのマシュマロどこから出したの? って思ってたらリビングのお菓子が入ってる戸棚が開いてた。ここからとったのかと納得した一方で、なんで場所知ってんのとも思ったけど、きっとファニーが教えたんだろ。いや、教えたに違いない。それじゃなくて知ってるとか怖すぎるから!


「わかった、だいたいわかったから大丈夫。で、いま何時?」

「夜中の2時だよ」

「あ……みんなごめん、お腹すいてるでしょ? いまちゃちゃっと軽食作って」

「うぬよ、《幻獣ファンタジー》は食べんでも死ななんし」

「え……いや、それはファニーで知ってるけど。でも、お腹すくじゃん? 実際レオナルドだってマシュマロ食べてたくらいだし」


 俺としては極当たり前のことを言ったつもりだった。ファニーはあの黒いローブの老女の下にいるときに食事を口にしてないって言ってたから。でも帰ってきたときに食事を女の子には表現が悪いけどがっついてた様子から、ああお腹はすくんだなとこっそり思ってたから。


 だから、視線の先で呆けた顔をしているチャーリーとレオナルドにこっちが呆然としたいくらいだわ! とか思ってた。首をかしげてソファーから上体を起こしてなおかつバルーフに縋るみたいに抱きつかれてるから、見上げる。


 座高差じゃないよ? けして! 必死に内心で言い訳してるときに、ぽつりとレオナルドが呟いた。

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