第41話 俺と爺さんたちへの侮辱

「バルーフ、婆さん。屋敷に連れて帰れる?」

「……何度やっても結界が解析できない。だからといってもう一度あの中に入れば相手方の結界に閉じ込められる可能性もある。正直に言って、無理だ」

「……くっそ!」

「わかったかね? では大人しく帰っていただこう。そうすればファーヴニルドラゴン、ゲオルギウスの竜、ファイアー・ドレイクは見逃そう。所詮そちらはおまけ・・・だったのだから」

「あんたは!! あんたはおまけで人の家族奪ったのか! ふざけんなよ!」

「……《幻獣ファンタジー》、それもドラゴンを家族だと? ははっそうだな、片倉敬一郎もそう言っていたよ。替えのきく道具ごときにな。ああ、しかしLexyレクシィはこの世で唯一。替えがきかんが」

「てめえ……!」


 握りしめた手のひらに血がにじむのを感じる。それでも、それでもこの男だけは!! 殴ってやらねば、いや殴っても飽き足らない。こいつは家族を道具と言った。それは何よりもの侮辱だ。


 俺と家族へのじゃない、爺さんと家族が積み上げてきた信頼や思い出に対する。何よりもの侮辱だった。噛みしめた歯が痛い、殺気だってんのがどっちかわからないってさっき言ったけど訂正。この中で一番殺気立ってんのはきっと俺だ。


 そっと、俺の血が出て熱い拳に触れてきた冷たい手があった。バルーフだ。バルーフの冷たい手が一回強く握ってから、撫でるように俺の手を放して言い放つ。


「クロエ、いまは帰ろう」

「バッ!? あいつは! あんたたちと爺さんの絆を馬鹿にして」

「世の中の《幻獣遣いファンタズマ》たちがおれたち《幻獣ファンタジー》をどう思ってるのかは知ってる。だからいいんだ。……ただな、人間。エレノアさまの扱いを変えてもらおう。次あいまみえる時、此度と同等の仕打ちをしていたのなら。お前たち《幻獣保護委員会ファンタジ・ル・エール》のその首、我が命に代えてもひとつ残らず天高く飾り付けてくれようぞ」


 最初の方は俺に向けて穏やかに、でも哀しそうに眉をひそめて告げてから。後半はひどく低い声で、ぴしぴしと石壁が音をたてるくらいに圧倒的なまでの……さっき俺が放っていただろう殺気なんて、おままごとに思えるくらいの覇気を出しながら。


 顔を見れば普段とは全く違う口調で、色違いの瞳を縦、斜めの*に瞳孔を広げて。右腕を後ろにずらして、その手に家族たち全員が掴まるのを確認すると。俺にもたれかかりながら左手を前に構えて俺たちにしか聞こえない声で囁く。その構えに相手が少し遠のいたのを見ながら。


「クロエ、皆も目を閉じていてくれ。……【魔法を形成し、《目玉焼きアイズ・ファン》と命名する。故に応えよ《目玉焼きアイズ・ファン》】」


 光が生まれる瞬間を見たと、前に形容したことがあった。

 いつかって? 《幻想庭ガーデン》に行った時だよ。でもそんな光なんて生ぬるいと思えるほどのそれ。まぶたを閉じてても光で目が焦げるかと思った。

 でも、そんな時間も長くは続かずに場面が切り替わるように暗くなる。


「もう大丈夫だ」


 そんなどこまでも優しい声が聞こえて、それに安堵した俺は。その暗くなった視界のままなんにも考えられないほどの暗闇に引きずり込まれて。力の抜けた身体のままなにかが強い衝撃をもって頭にぶつかって。


 気絶? したんだと思う。だって遠くで家族が俺の名前を呼んでるのは聞こえたけど、まるで見えない手に引っぱられるように。思考はシャットダウンしおちていったんだから。

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