第40話 俺とアサラ民族の大予言

「……コノ……コノニオイハ……【疑問エラー】【矛盾エラー】【疑問エラー】【矛盾エラー】アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 不思議と、不思議と俺だけは傷つけないその薄紫の……ラベンダー色の髪に恐怖は感じなかった。このひとは苦しんでる、婆さんは爺さんを心の底では覚えてるんだと確信した。


 狂ったように叫び声をあげてパイプベッドも床も壁も関係なくそのバルーフよりも長い髪を打ち付けているその中をかいくぐって、バルーフは座り込む俺のもとまで来ると俺を抱きしめて転移した。家族たちがとっくに避難していた入り口の外へ。

 牢の中でじゅううううとなにかが焼ける音と焦げる臭いがした。バルーフもよくよく見ればかいくぐって来たんじゃない、いくつか服に穴が開いていた。でも、その下には綺麗な皮膚が見えて。俺を抱いた腕が離れていった。


 なんでだろうと考えたところで、かつんと革靴で牢の石畳を踏みしめる音がした。そして家族たちが俺を中心に守りを固めそちらを向いたところで、暗がりにいるらしき男の声は喋った。男が着ている服も黒いのか、その姿は全く浮かばない。


「貴様が片倉敬一郎の孫か?」

「……あんたに言う義務はないね」

「そうか。では、アサラ民族の大予言を知っているかね?」

「は?」


 アサラ民族の大予言? いきなりなに言ってんだこいつと実際に思いながら胡乱気に暗がりを見遣る。そんな俺に、興味を持ったと勘違いしたのか。くんっと下から袖を引っ張られてそちらを見れば、俺の服の袖を掴んだレオナルドがいた。どうしたの? と口に出す前に、レオナルドが口を開く方が早かった。ただし、前の暗がりを睨んだまま。


「あさらみんぞくのだいよげんは、いままで。いちどもはずれたことのないよげんのことだ」

「は? いままで一度も外れたことがない? ……うっそだー」

「オレさまはうそはいわない。そうだよな? 《幻獣保護委員会ファンタジ・ル・エール》そうとうちょう」

「その通りだとも、ファイアー・ドレイク。……話を戻そう。片倉、我々がなぜ片倉敬一郎からファーヴニルドラゴン、ファイアー・ドレイク、ゲオルギウスの竜、そしてエンシェントラベンダードラゴンを頂いたか、わかるかね?」

「……はっ! なにが、なにが頂いただ。ふざけた言い方してんじゃないよ、奪ったの間違いだろ!」


 そうちょう……早朝、総統長!? え、こいつ《幻獣保護委員会ファンタジ・ル・エール》の中で偉いやつなの!? っつかトップ!? こんな時にこんな大物つりあげたいわけじゃないからさあ!? と思って白目剥きたいと考えたのもつかの間。


 頂いた? ふざけるなよ、こいつは、こいつらはただ洗脳して奪っただけじゃんか。爺さんがどれだけ、どれだけ家族と過ごしてたいと思ってたのか、あんたわかんのかよ! 死期を悟ってなお、それでも次につなげなくちゃ、家族を取り戻したいと思った爺さんの気持ちが! それさえも踏みつぶしたこいつらにわかんのか!


 いままで一度も外れたことのない予言なんて言葉は燃え滾る怒りにかき消されかけたが、それを罵る前に、総統長が口を開けた。


「1年後だ」

「おい、俺の話を!」

「1年後の今日、日本は滅びる。海の底に沈むと。そう、アサラ民族の大予言はなっている」

「……は?」

「だから我らには改造エンシェントラベンダードラゴン・Lexyレクシィが必要であり、時間がないのだ。アサラ民族の大予言はいままでどんなに回避しようとしても、別の形で必ず予言通りになる。死をよまれたものは必ず死に至り、どれほど保護しようとも絶滅危惧種は絶滅した。ゆえに、ここでLexyレクシィを奪われるわけにはいかんのだよ」


 その言葉と同時に。暗闇から全身が深緑の鱗に覆われたとさかと牙を持った小さいリザードマン? みたいなのと、脇に首を抱えた頭のない馬にまたがった頭のない女性。脇に首を抱えた女性は何度か映画で見たことある。デュラハンだろう。あれがこの男の《幻獣ファンタジー》なのだとしたら。


 ってことはつまり、こいつらを呼び出すための時間が必要で。わざわざ長話しに来たということだろう、総統長自ら。爺さんの、俺の家族を利用することへの誠意でもなんでもなく。


 ぴりっと走る殺気がうちの家族が出したものなのか、あちらさんが出したものなのかわからない。でも背筋が粟立つような殺気が空間に満ちる。


 その間にも婆さんは……というより婆さんの髪が暴れまくっていて。鉄格子からこちら側に来ようとしてはなにかに弾かれることを繰り返していた。ファニー、チャーリー、レオナルド、家族を守るように前に立って対峙する俺とバルーフ。家の婆さんの名前はエレノアだ。Lexyレクシィなんて名前じゃねえと思いつつふと気づく。


 ってかこいつ、いまエンシェントラベンダードラゴンって言わなかった? 改造……婆さんの身体に何らかの手を加えたってことだよな? そこで思い出されるのは腰から生えた三本の楔に三日月形の鉄。そして俺を見やった濁った黄色い目。機械的な言葉遣い。爪が刺さるほどに拳を握る。


 なにが、なにが日本が沈没するのを防ぐためだ。だったらまず本人に、その家族に了承を得てからだろ!? あんな姿に、婆さんを拘束しておいて。爺さんの妻を、俺の婆さんを家族を取り上げておいて。なにが「奪われるわけにはいかん」だ。こっちこそ、家族をぶんどられたられたまんまでいられるもんかよ!


 肩の痛みがじくじくとその存在を主張するが、それには構わずに。俺はバルーフに問う。

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