第37話俺とレオナルド
そしてその先でまず、目が
なにと? と聞かれればこう答える。
炎を服のように着こなしている虚ろな瞳の少女と、と答えよう。
ばっさりと斜めに切られたピンクゴールドのツインテールは同じく炎で結ばれていて、年頃は10になるかならないかくらい。
そんな子どもが、ゴミみたいに積み上げられた黒こげの人間の山の上に立って、腕を組みがはははははははと高い声で笑っている。そんな異様な光景の中、人の山に立っているから俺と視界が同じ高さなんだということに初めて気づいた。
が、俺と目が合っているのに、俺の存在を認識していなかったのかしばらく見つめ合うとぴたりと笑い声が止んだ。そして、無表情になったかと思うと次にはにんまりと笑んだ口元がなにかを呟く。
俺は読唇術なんてできないししようと思ったこともないけど、でも不思議とこの少女の言っていることがわかった。
「つぎのえものはきさまか?」
少女はそう聞いてきたんだ。
俺に。あわてて周りを見れば、呆れ返ったような雰囲気でため息をついている面々と出会う。バルーフもファニーもチャーリーもみんな頭が痛いといわんばかりに頭を抱え込んでいる。かつんと音がして、些細な音にも敏感になっていた俺が窓ガラスの方を見ようとすると。
炎が、ガラスを焼いていた。
溶けてるんじゃない、まさしく焼く。熱されたところから赤くじわじわ煤にかわりやがて灰になる。
そこまでを見て、緩慢な動きで先ほどの陣形になった(後ろはチャーリーが守っている)分身を含めて4人。やがてそのガラスが、少女が通れるほどに穴が開いたころ。
少女……レオナルドはただ俺だけに視線を定めて、まるでバルーフやファニー、チャーリーたちが見えていないようにゆっくりとした動きでガラスを潜り抜けた。
にたあ。そんな言葉がふさわしいほどに少女らしい外見に似合わない笑みを見せると、人差し指を俺に向けようとして、中途半端な位置でぴたりと止まる。
その小ぶりな鼻がひくひくと動き、なにかの匂いを嗅いでいる。そして心底信じられないものを見たときのような、お化けに出くわしたひとみたいな顔をして呟く。
「だれだ……? ちがう、しらない、ちがう。しってる。オレさまはしってるはずだ、かいだことのあるにおいだ。やさしいしってる、オレさまの、オレさま……オレの……なまえをくれた……だいじな……けいいちろう」
その言葉とともに急激にレオナルドの光の戻った赤い目に涙がもりあがってくる。大粒の涙がこぼれる瞬間を、俺たちはただ見ていることしかできなかった。
こぼれた途端、じゅっと音をたてて涙が服のように纏う炎に触れて蒸発していく。先の震えた指はゆっくりとおろされ、代わりのように涙があふれる力強い瞳で俺を。ものすごい圧で睨みつける。
「きさまはなんだ? なぜけいいちろうのにおいがきさまからするんだ! けいいちろうをどこにかくした!! ……なんだ、くちもきけないのか? だったらオレさまが」
「レオ、やめな」
その中で、右にいたファニーが諭すように優しい声を出す。まるで、自らにもそう言い聞かせるように。その顔は、能面みたいに白くこわばっていた。
「……ファニー……?」
「うん、ひさしぶり。あとね、よく聞きな。敬一郎さまは亡くなったの。死んだのよ。この方は……クロエさまは、敬一郎さまのお孫さまであたしたちの新しい主人。家族を取り戻すた」
「うそだ!! けいいちろうは! けいいちろうは」
「死んだんだよ。敬一郎さまは。敬一郎さまは、人間は。けしてあたしたちと同じ寿命で生きられはしないの。そんなの、ずっと、ずっと。わかってたでしょう?」
「……う……あっ……」
もしかしたら。もしかしたらレオナルド……ライオンのように強いという意味の名前を爺さんから与えられた泣き声を殺すように嗚咽するこの少女も。
願いだったのかもしれない、ライオンのように強くあれという。小さなその身に余るほどの感情に、強く立ち向かえという爺さんなりの激励だったのかもしれない。
ねえ、爺さん。この子は、ライオンみたいに強い心を持ったこの子は。もう十分強いと思うんだ。爺さんを隠したと思い込んだまま、その苛烈な力で俺を殺すこともできたはずなのにそうもしないで。嗚咽を恥じ入るようにかみ殺す幼い女の子の姿を見てるとさ、爺さんあんたって人はほんと。名付け親に向いてないよねって思うよ。そして、きっと。
家族を見つける才能は間違いなく溢れんばかりにあったんだってね。俺は思うよ。
ねえ、爺さん。俺はあんたの家族だったかな? 家族に、なれたかなぁ? 床にこぼれた涙は誰のものだったのかなんてわからない。ただ背後で、チャーリーが息をのんだ気配がした。
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