第36話 俺とチャーリー
転移した場所は、どこかのVIP席のような場所だった。あえて言うなら研究対象を上から見下すみたいに、物見遊山でガラス越しに観察するために造られたような、そんな場所。吐き気がするよね! その下にいたのは。
ワニ似た形の黄緑色の鱗に太く長い尾と、背中に巨大なコウモリの羽には似ているものの。そちらも黄緑色の鱗に覆われたドラゴン。転移した場所はその巨体を見下ろすように造られていた。本来はここで別れて、ファニーと分身バルーフにはレオナルドさん救出に向かってもらう予定だったんだけど……。ちょっと計算違いというか嬉しい誤算があった。それはともかく。
ところでなんだけど、壁に叩きつけられたみたいに倒れてる人たちはなに? 顔色が悪いを通り越して土気色変わった人たちはなんなの? 全員白衣や変わった形の着物? 袴? の親戚みたいのはいてんるんだけど。あそこに転がってる縦に長い帽子とか烏帽子じゃないの? ってことは陰陽師みたいな人たち? いや、全員倒れてるけど!
そんな人々を見下ろしながら、口から蒸気を吐きながら黄緑色のドラゴンは上を。すなわち、VIP席にいる俺たちを見上げた。目が合った瞬間思わずびくっと震えた俺と一緒に驚いたように目を細めて、耳に心地の良いバリトンで脳内に直接話かけてきた。
「うぬがクロエかえ? 敬一郎殿から話は聞けんかったが、この無様な人間どもには聞いておる。茶ぁの1つも用意もできん無礼な我が身を許してくれんせん。適当なところに……ああ、うぬの後ろに椅子がある。そこにかけるとええ」
「えっと……ファニーさん? めっちゃ友好的な上に爺さんのこと知ってんだけど? ってか言葉遣いめちゃくちゃなんだけど」
「……以前の、あの女の使いで来た時のチャーリーはそんなことなかった気がするんだけど。チャーリーは日本中を旅してたから色々混ざってるんだと思うんだけどえっと、ごめんねクロエさま」
「「チャーリー! 元気だったか!? 相変わらず変な言葉だな!」」
「「黙れバルーフ」」
「「ひえっ……」」
いまそれどころの問題じゃないから!! と混乱した頭のままファニーと2人で冷たい声が出ればバルーフが怯えたみたいにきゅっと縮こまった。いや、変な言葉辺りは全力で同意するけども! そう、嬉しい誤算はここには政府の人間もいなくて、チャーリーも正気だったってこと。なんで正気だったのかって? そんなこと俺が知るかよ。
ぐっと首を伸ばして、顔をガラスに近づけると。そこに口から出した白い……蒸気? を吹きかけてきた。
途端にバルーフの本体が前に、分身体が左ファニーが右で俺を囲む。なんなの? と不思議に首をかしげていると、眉をひそめながら警戒態勢をとったファニーが上半身だけを俺の方にわずかに傾けながら教えてくれる。
「クロエさま、チャーリーの吐く息は全てなにがしかの毒を含んでるんだよ」
「全てって……あ!」
次第に吐く白い息の量を多くさせていたチャーリーことゲオルギウスの竜。じわじわとではない、いきなりその毒素に耐えきれなくなったのかどろっとガラスが溶ける。かといって、俺たちの方までその溶解成分を含んだ息がくるかというとそうでもない。たぶん、前にいるバルーフが魔法で何とかしてるんだろう。さっきは黙れとか言ってごめんね! バルーフいなきゃ確実に詰んでたわ。
若干現実逃避気味にそう考えていると、チャーリーが溶けたガラス、いつの間にか大穴になっていたそこから頭を通した。なにやってんだろ? と疑問に思う間もなく、しゅううううと音がして、これはバルーフが人形になるときと同じパターンか? と思っているとその通り。
そこには黄緑色のざんばらな長い髪をした青年というには年を取りすぎているから男性っていえばいいのかな? が立っていた。裸で。
ですよねー!! 服なんて持ってないですよね!! と心の中で納得しながら、昨日しまむらで買っておいたシャツと黒いスラックス、ベストを背負っていたリュックサックの中から取り出して差し出す。あ、もちろん下着や靴下、靴も込みだ。
「うむ、うぬはとても準備がよいのでありんすな。よしなに、着替えさせてもらうばい」
「俺の精神的なショックのためにそうしてください」
「ん? まさか吾に色気を感じて」
「違うわ」
誰が野郎に色気なんか感じるんだよ。しかもこれから家族になる相手にさあ! 野郎の裸を見続けなければいけないという精神的拷問から逃れたいがために差し出したんだよ悟れ! 一息にここまで言うと、身を守るように自分の腕を身体に絡ませていたチャーリーは肩をすくめた。なんだこの自由人は。
やがて着替え始め、終わるころにはばたばた大理石の廊下を駆ける幾人もの足音がしていた。たぶん国の人だろう、そりゃそうだ、なにやってたか知らないけどこんなに時間がかかる予定ではなかったのかな。じゃあ当然様子を見に来るよね? こっちとしては好都合以外の何ものでもないけど!
ぐいっとバルーフに抱き寄せられた。
「「掴まれ!」」
「うん!」
「うむ」
全員がバルーフの分身の腕に掴まっていて、俺だけが本体に抱き寄せられていた。分身と本体の見分け方? 簡単、黒いベストを着ている方が分身で黒いパーカーを着ている方が本体だ。
ちな、どっちも俺の服ね、基本的に黒い服しか持ってないからさ。俺の服じゃないと嫌だって駄々こねたどっかのバルーフがいてさあ。ってのはまたあとで。
いまはこの足音の連中に気付かれないように逃げるのを考えなくちゃなわけで。バルーフが全員自分に掴まったのを確認して瞬間移動を発動させたんだと思う。景色がたわんで見えて、耳がかすかな金属音を拾った。
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