第29話 俺と両親

「……え」

「ん? 身体心配してくれてありがとね。全然大丈夫だから心配しないでってか気にしなくていいよー」

「お、怒らないのか!? おれは知らなかったとはいえクロエの命を危険に!!」

「怒らないよ。だってあんた、説明の前に俺の体調気にしたでしょ? 説明なんて後回しにするくらい、俺のこと心配してくれたんだよね。ありがと」


 触り心地の良い、絹の束みたいな髪を撫でこくりながらお礼を言えば。

 ふざけるな! とばかりに肩を怒らせてバルーフが噛みついてくる。バルーフの噛みつきに大きくうなずいているファニーはどっちの味方だって言ってやりたい。


 いや、だって俺のことを心配してあんなに青くなったバルーフを叱ることなんて俺にはできない。そもそも属性を視ることは普通失礼に値するから視ないんだってことなら本当にそれこそ叱る理由もない。


 だってバルーフは俺に失礼なことをしないように配慮して黙って属性を視ることしなかったんだから。もししていたら、知っていて魔法をかけようとしていたならこの屋敷を守っているという帝王樹が危害を加えるものと認識して排除してただろうし。


 結果論かもしれないけど、俺は実際には魔力酔いとかいうのになってないわけだし、なんの問題もないわけで。でもまあ今回はちょっと軽率だったかなー、とは思う。だから一応。


「今度は気をつけようね?」

「今度っ……なんて、絶対っない! おれ、おれはっ!!」


 大粒の涙をこぼしながら、バルーフは泣いていた。切れ切れの言葉の間にすまない、すまないと何度も謝りの言葉をはさみながら。そんな姿に動揺して、ファニーを振り返ればこちらもどうしたらいいの? と問いかけるような眼差しで俺を見ていた。


 あー……と声の続きになにを発すればいいのか悩みながら、俺は知人や同じ学校だったやつらから何回か言われたことを伝えてみる。これで少しでも気が軽くなってくれればいいと思いながら。


「あのさ、俺って自分の命を軽くみてるところがあるんだって」

「「?」」

「俺の家ってさ両親がネグレクト……育児放棄気味だったんだよね。長期休暇の時は爺さんに預けられてたし、両親から愛情だと思えることなんてなにひとつされてこなくてさ。爺さんだけが怒ってくれたんだ、爺さんだけが孫として俺を愛してくれた。でもそんな爺さんに会えるのは長期休暇の時だけで、だから俺は俺自身の命なんてものにあんま執着がないんだ」

「なっ……敬一郎の子が子どもを放置するなんて!」

「うん、ごめんね。俺より仕事が好きだったみたい、だから金には困らなかったけどやっぱり愛情ってよくわかんなくてさ。でも、バルーフとかファニーとかを見てると思うんだ。ああ、いいなあって。俺も家族が、あんたたちが爺さんを想うみたいにこんなにも俺のことを想ってくれる家族欲しいなあって。……んー、なんていえばいいんだろう。うーん……嬉しかったんだよ、たぶん俺。俺にとっては命なんてどうでもいいのに、それをバルーフが怒ってくれたから。だからさ、ありがとうって言いたいのかな? なんか自分でもよくわかんないや、ごめんね」


 長々と自分でもまとめられない言葉を吐き出したときには、バルーフは泣いていた。いや、元々泣いてたんだけどそうじゃなくて、目尻からあふれる涙は先ほどの比ではないくらい。ぐすっとはなをすする音がしたから後ろを振り返ってみればファニーも泣いてた。


 なんで!? なにか泣く要素ありました!? 俺としてはどうでもいいことっていうかこうなれたら嬉しいなーっていうのを口に出しただけのつもりなんですけど!? 思わず敬語になっちゃうくらい驚いて、ポケットに入っていたハンカチでとりあえずものすごい量の涙を流しているバルーフの目尻に当てる。ファニーはテーブルの上にあるティッシュを使ってた。


 頭を撫でながらごめんね、ごめんねとよくわからないまま謝れば、俺からハンカチをいきなり奪い取り乱暴に涙の残る目を拭いたバルーフに指をさされながら宣言された。


「おれはクロエの家族なんだからな! ずっとずっと、この命尽きるまで、クロエがもうやだって言っても家族でいるんだからな!」

「あたしも! あたしもクロエさまとずっと家族でいる!」

「……」


 バルーフの宣言に乗っかるように、宣言したファニー。2人の怒ったような涙交じりの宣言に、なぜだか胸の奥が熱くなって。涙がでそうに……泣きそうになってそれを隠すために情けなく笑ったのは俺の、俺たちだけの秘密だ。

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