第22話 俺と勘違い
とりあえず、いつまでもエントランスに居ても仕方ないから食堂に来てもらうことにする。内履きのシューズに取り換え、これも洋服の店 (ぶっちゃけるとしまむら)で買ったんだけど内履き用のシューズをバルーフとファーニヴルの分を黒いリュックサックから取り出す。バルーフは黄緑色のライン、ファーヴニルは黄色のラインが入った一般的なものだった。
なんとなく振り返れば俺を先頭にバルーフはどこか足取りの重いファーヴニルの手を引いている。その間もバルーフはずっとうれしそうな笑顔で、ファーヴニルは俯いていて表情はわからないがまだ未発達な胸元に拳を……爺さんの骨ダイヤのペンダントトップと自分の作った指輪を握りしめた手を当てていた。
再び前を向いて歩を速める。屋敷内は春とは言え日が暮れるの早く暗かったから、廊下の電灯はスイッチ一つですべてつけた。
きっと、きっと。辛いのではないだろうか、もう爺さんのいない家を見て。もしかしたら連れて帰ってきたのは間違いだったのかもしれない。でも、あの子は。ファーヴニルは「帰りたい」と言った。
爺さんが暮らしていた、《
そんなことをぐるぐると考えていると食堂についた。扉を開けて、2人を中に招き入れ俺が上座のお誕生日席で2人を両側の椅子につかせようとする。バルーフは慣れたもので当然のように指示するまでもなく座っていたが。だんだんふてぶてしくなってきたな、こいつ。
とりあえず、ポッドとティーカップ、ティーパックとコープから来ている牛乳でミルクティーを熱めに作って、シュガーポットと一緒にバルーフとファーヴニル、俺の前にそれぞれおく。
俺ががちゃがちゃやっている間にとっくに座っていると思ったファーヴニルが困ったような驚いたような顔をしていて、なかなか席につかないでいるのに「どうしたの?」と声をかける。
「あたし……座っていいの?」
「いや、ここあんたの家でもあるしどこぞのバルーフみたいにくつろいでいいんだよ?」
「クロエ! どこぞのバルーフって、おれ以外にもバルーフがいたのか!?」
「あんたのことだよ、金平糖に夢中で敵に勘付かれるの忘れてたおまぬけバルーフ」
「むむ、そのことは悪かったといってるじゃないか! 意地悪だぞ、クロエ!」
子犬かって程に座りながらも吠えてくるバルーフをからかって、遊んでいる俺にファーヴニルの口元が綻ぶ。それは表に出す気はなかったが、ついこぼれてしまったというような笑みだった。そしてそっと木の椅子を引き、腰かける。
「あたし、あの女の家では座ったことも食事したこともなかったから……」
「なにそれ絶許」
「「ゼッキョ?」」
「あー……スラングかな? 絶対許せないを縮めたやつ」
ネット上のだけどね、と心の中で呟く。実際にこんなこと言う人なんて見たことないし、ってかそもそもな話そんな場面に出くわしたこと自体ないしと1人頷いていれば、さもありなんとバルーフも真似して頷いていた。こいつ本当に意味わかってるんだろうかとじと目になった。でもそのなかでファーヴニルだけは俯いて自嘲気味に言った。
「……あはは、それを不思議にも思わなかった。これが当然の扱いなんだって、思ってた。敬一郎さまはそんなこと一回もしたことなかったのにさ。だからかな、だからあたしは『ファニー』……滑稽な笑いものなんだよね」
「なっ……敬一郎は絶対そんなつもりで名前を付けたわけじゃ!」
「あー……それね。爺さん勘違いしてたんだよ」
「「え?」」
「俺、昔『お前はファニーじゃのう』って言われてさ。意味わかんなくて調べてみたら滑稽だの笑いものだのって出てくるから、爺さんに聞いたんだよ」
だって爺さん、絶対他人に向かってそんなこと言うような人じゃないじゃん? と言えば、勢いよく顔をあげてファーヴニルは両手で口を覆った。
爺さんの骨ダイヤと金の指輪はどうしたかって? 爺さんの骨ダイヤは食堂の前で俺が正当な持ち主だからって返してくれたよ。金の指輪自体は、ファーヴニルが作ったものだからあんたのものだと差し出せば、小さく礼を言ってぎゅっと胸元に握りしめた。ねえ爺さん。爺さんの《
そうそう、で。ファニーなんだけどさ、いかれてるとか狂ってるっていう意味もあるらしいんだけど。爺さんは勘違いしてて、直接「なんでそんなことゆうんだよ!」って噛みついたクソガキな俺にもめげずに理由を説明してくれたんだ。
「笑いものじゃなくてさ、『元気者』って意味があるって思い込んでたらしいんだよ」
「……じゃあ、あたしは……」
「うん、あんたを馬鹿にしてたわけじゃなくて。ただ元気な子だよってことが言いたかったみたい」
「あ……あ……あたし、あたし、ずっと。なんでって……敬一郎さまは本当はあたしのこと、嫌いなのかもって……」
「嫌いなはずないじゃん。爺さんはあんたたちのことを俺に託すって言ったんだ、一番大切なものをって。ものって言ってたけど、たぶん家族のことだったんじゃないかな」
それくらい、爺さんが大切にしてたあんたらを貶すわけないだろ? ましてや名前。バルーフが言ってたけど、名前って特別なんでしょ? できるだけ柔らかい声で言えば、その声に呼応するようにぱたぱたと透明な雫がテーブルに落ちる。
泣いているのかとファーヴニルの方を見れば予想外に笑っていた。笑いながら、泣いていた。
押さえた両方の白い頬をほんのり目元と同じように赤くさせて。
バルーフはどうしたらいいのかわからずにおろおろしてるだけだったが、それすらも眼中にないようにまっすぐに俺を……俺がテーブルの上に置いた骨ダイヤを見ながら。
「なんだ、敬一郎さま。あたし……いらない子じゃなかったんだ、ちゃんと『家族』だったんだね」
いまはもう骨だけになってしまった爺さんに伝えるように囁くように消えて言った言葉を拾った俺の耳は特に優秀でもないけど。でも、この場面においては褒めてやってもいいかもしれない。
もしかしたら、彼女は。ファーヴニルはそれがコンプレックスだったのかもしれない。俺からしたら敵を財宝や金に変えられるなんて財政も潤うし敵もいなくなるしでいいことづくめなんだけど。
でも、そのある意味強すぎる力のせいで、彼女なりの葛藤があったのかもしれない。それを知らないのか知っていたのかはわかんないけどでも、「ファニー」って名付けるなんて、爺さんあんたほんと名付け親に向いてないよね。
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