第23話 俺と願い

「そうだよ、あんたは家族だ。まぎれもなく、爺さんが認めた家族だ。だからさ、頼みごとがあるんだ。厚かましい、1人でやれっていうならそれでもいいんだけど。俺1人じゃきっとどうにもならないから」

「……なに?」

「家族を、取り戻したい」


 その言葉に、息をのんだのはファーヴニルだけだった。バルーフにはとっくに言ってあるし共に戦うことも了承を得ている。視線をバルーフと合わせれば、真剣な表情をしたバルーフがこくりと頷く。


 ごめん、俺なんのアイコンタクトかまったく読み取れないんだけど。ただなんとなくバルーフの方を見ただけなんて言えない。

 内心震えながらも表面上は飄々とした風を装っていると、俺とバルーフのアイコンタクトを見ていたファーヴニルが震える声で、呟いた。


「……家族と、また家族になれるの?」

「俺は爺さんに「家族に安寧をもたらしてくれ」って頼まれてるからね。出来る限りのことは……ってどうしたの!?」


 また大粒の涙を流し始めたファーヴニルに、俺は驚いてリュックサックの中からタオルを再び取り出して渡す。バルーフは立ち上がって俺の後ろをまわりファーヴニルのところまで行くと懸命にその背中を撫でていた。こいつ、案外やりおる。じゃなくて。


 突然泣き出したファーヴニルにどうしたの? なにか気に障るようなこと言った? と問えば。彼女はゆっくりと首を横に振った。そして、涙にくれた声で衝撃の言葉を吐いたのだった。


「敬一郎……さまは、エレノアさまの現状をご存じだったのね……」

「エレノアって……薄紫の部屋の人か。そのドラゴンがどうかしたの?」

「エレノアさまになにかあったのか!?」

「エレノアさまは……もう元のエレノアさまじゃないの。あたしもあの女の使いで見に行ったことがあるけど……。ひどい実験を何度もされて、人格破壊と能力の暴走が起こったからって……あんな、あんなむごいお姿に」

「……あのさ、エレノアさまってさっきから言ってるけど、そんなすごいドラゴンなの?」


 俺の言葉に、ファーヴニルはぎょっと言う言葉がふさわしいくらいの勢いで目を見開いて。白い頬に涙の筋を浮かべながら俺を見た。

 まるで、なにを言っているのかわからない、信じられないといわんばかりにぱくぱく口で空気を噛むと次にバルーフの方を見て、俺を指さした。いや、そんな信じられないことした? っつか言った? 家族の情報が書かれたあの鬼気迫る小さな書斎の本には「エンシェントラベンダードラゴン」って書かれてたから多分それかな? エンシェントってことは古代竜ってことだよね? 確か古いとか古代とかそんな意味だった気がするから。


「エンシェントラベンダードラゴン、ってことなら知ってるけど」

「え、え、エレノアさまは! 敬一郎さまの奥さまだよ!? そ……え? しらな」

「クロエは知らないみたいなんだ」

「……え」


 思考が凍り付いたあと、急速に加速する。

 え? なんだって? エレノアさまが爺さんの奥さんで? ひどい実験されて? 人格崩壊と能力の暴走で惨い姿にされてる? え? え? なにそれ、なにそれ、なにそれ!? つまりは爺さんの愛した人が、俺の婆さんがひどい目に合ってるってこと!?


爺さんひとの家族を勝手にぶんどっといて、やることが実験? はああああ!? こんな国滅びた方がマシなんじゃねえの!?」

「クロエ、わかる。こんな国、滅ぼそう」

「き、気持ちはわかるけど。お、落ち着きなよ。『冷静な思考じゃないと物事が正しく見えてこない』って敬一郎さまも言ってたよ!」


 瞳孔が縦に開いて蛇目になったバルーフが同意を示してくれるものの、ファーヴニルに止められる。涙は驚きにか止まっていて、バルーフはもう大丈夫と判断したのか自分の席に戻っていった。

 ここでも爺さんの言葉が出てくるとか嬉しいには嬉しいんだけど、あいにくといまは冷静な思考じゃいられない。どう考えても、冷静になったとしても物事が正しく見えてこないんだけど、それっていったいどうすればいいわけさ、教えてよ爺さん! っつかあんた婆さんがそんなことになってんの知ってて放置してたの!? いや、国と長く渡り合ってたし放置してたわけじゃないんだけど! 「安寧を」って望んでたわけだからもしかたら婆さんを苦しませないようにしてただけかもしれないし。それに、それに。

 必死に考えて考えつくのは爺さんを擁護する言葉ばかり。だってあったこともない婆さんだよ!? 俺にどうしろっていうのさ!


 ……とりあえず落ち着け、落ち着け、俺。

 大きく吸った息を肺の中が空になるまで吐き出して、なんとか平常心を取り戻す。

 重要なのはそこじゃないだろ? 俺。大事なのは婆さんは家族だってこと。爺さんができれば取り戻してほしいって願ってそれでも無理なら「安寧を」と望んでいたってこと。ならばやることは1つだけ。俺は家族を取り戻す、ただそれだけ。


 出来れば婆さんの破壊されたっていう人格と能力の暴走を落ち着けたいところで、さらに言えばファーヴニル曰く「惨いお姿」らしいから姿も元に戻してやりたいところだけど。

 ちらりと千の魔法を操るという《幻獣固有能力アトリビュート》を持っているバルーフに視線をやりながら尋ねる。


「……ちなみにバルーフ、回復系の魔法とかは」

「おれはアジ・ダハーカで邪悪なる竜の血脈だからな。元々おれには自己回復があるし、精神汚染や操作、記憶消失の魔法だったらともかく回復系統は……その」

「持ってないんだね、わかった」

「力になれなくてすまない……回復系統はエレノアさまの《幻獣固有能力アトリビュート》だったから……」

「……あのさ、変な時に口出して悪いんだけど。あの、クロエさまは? エレノアさまと敬一郎さまのお孫さまなんだよね? だったら回復魔法とか使えるんじゃ……あ、でも。うん? 力の源は同じだから問題はない、はず?」

「それだ!!」


 自分の席に戻っていたバルーフが、椅子を跳ね飛ばす勢いでファーヴニルを指さす。人を指さしちゃいけませんとその手を叩き落とせば、しょんぼりしながら肩を落として席につくが、なにがそれだ! なのか。

 ファーヴニルもファーヴニルで最後の方は小さい声だったからよく聞こえなくて、そのことを聞き返す。

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