第19話 俺とファニー

 食品や雑貨も同じ要領で宅配で頼んだから、俺たちは手ぶらで結構大きな川の流れる横のレンガの石畳の歩道をクレープ屋目指して歩いていた時のことだった。


 春風が頬を撫でるのを気持ちよく思いながら、違和感を感じる。ふと見上げた空は突き抜けるように青い。柔らかい日差しが降り注ぐ中、横を歩いていたバルーフがご機嫌に落下防止のためにたてられた柵に掴まろうとしたときのことだった。その不自然さの正体に気付いたのは。


 静かなんだ。平日だっていうのに車の姿どころか音すらしない。歩いてる人も、自転車に乗っている人もいない。いくら田舎町だとは言っても、これはおかしい。振り返って時計塔を確認すると16時ぴったりだった。これくらいの時間なら多少通行はあってもおかしくないはずなのに。

 バルーフを呼ぼうとそちらを見たときに、バルーフが食い入るようにまっすぐ前を向いていた。そんな視界の端でちらついた金色に何事かと前を見れば、少し離れたところに少女が……20にはなっていないかのような綺麗な金色の巻き髪にどこか虚ろな碧眼とクラシックなメイド服? を身にまとった少女が手すりにつかまって立っていた。


 その後ろに、黒いなんて言うの? ハリー・ポッターに出てくる黒いローブみたいなのを着てフードまですっぽりとかぶった杖を持った腰の曲がった老人がいた。性別は喋ってなかったから判断できなかったけど。あれくらいの歳になると外見じゃ判断できないよねってくらいの歳のことは確かだ。

 ぽつりと、手すりにつかまろうとしていたバルーフが呟く。


「ファニー……」

「それは私のことでしょうかSSSランク級ドラゴン、アジ・ダハーカ。だとしたら、親しくもない相手に愛称で呼ばれるのは不愉快です。それに、私にはご主人様から頂いたニルという名がございます」


 不愉快そうにその白皙の美貌を歪めて、ぎゅっと手すりを強く握った途端手すりがバルーフの方まで金色に変わる。これがファーヴニルの《幻獣固有能力アトリビュート》。バルーフみたいに何かと役に立つというレベルではない。一方的な攻撃性をともなって相手を金へ財宝へと変えてしまう能力。爺さんが小さい書斎に残していてくれた本に書いてあった家族の情報の1つだ。息をのんだ俺とは正反対に一瞬だけ息を詰めたバルーフが、叫んだ。


「ファニー! 違う! そいつはご主人様なんかじゃない! お前の主人はっ!!」

「うるさいドラゴンですね、アジ・ダハーカ。あなたもご主人様の下に跪けばいいものを」

「おれの主人はクロエだ!」

「ならばそのクロエとやらを排除すればご主人様の下に跪きますか……いかがなさいましょう、ご主人様」

「殺せ! アジ・ダハーカさえ手に入れられれば多少の犠牲は問わん!」

「拝命いたしました。これより片倉クロエ排除に移ります」

「させるか!!」


 え? まじ? ってかやっぱり名前知られてるし! 真名の挿げ替えしてよかった! とか思う間もなく、老人(声の高さからして女だろう)の答えに少女・ファーヴニルが俺に肉薄し腕を振った。嘘っしょ!? と思わず口からこぼれた言葉はばちいっという雷みたいな音でかき消された。あの距離を一瞬で移動するとか、本当に嘘としか思えない。


 ついで帝王樹の腕輪が熱くなっている気がしてみてみると、ほんのりと黒い光を宿していた。なぜかなんて考える間もない。たぶんこれがバルーフが出掛けるときに言っていた「防御壁」なんだと理解した。ファーヴニルは距離を開けて飛び退り。今度は手すりをぶち抜き千切るとそのちぎれて鋭利な先端を俺に向かって回転させながらものすごい勢いで投げつけた。


 これも防御壁が発動するのかなと思っていたが、身体は勝手に避けてしまっていて、その目の端にあわてたバルーフが手を伸ばしているのが見えた。寸前で金色の鋭い柵はバルーフの指先へと消えたが、あの表情を見るのと「防御壁」という言葉を考えるに、何らかの敵意があるものか《幻獣固有能力アトリビュート》にしか発動しないのだろうと無意識に冷静な部分の俺が考えていた。

 そして。

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