第17話 俺と金の指輪

 トランクはお近づきの印にとおまけしてくれて、そこに一千万。あとの389万円はそれぞれ4つの封筒に入れて渡してくれたため、ありがたく包んできたタオルとともにリュックサックの中に仕舞う。


 店員に礼を言ってからバルーフを探そうとすると、あっという間に見つかった。真っ白の髪のくせに真っ黒なジャージ(後ろ姿)っていうのが目立つんだよな。しかも髪が地につかない程度だとは言え長いし。なのに妙に馴染んで見えるのが、認識をずらす魔法とやらの効果なんだろうなあ。


 店の隅の方でショーケースに入っているなにかを真剣に見ていて。ちょっと離れてるしせっかくだしで後ろから驚かせてみようとそろそろと近づくものの。すんでのところで振り向かれてしまった。気づかれたんだろう。

 黒いトランクを持っている俺に取引が終了したことを知ったのか、「しまうか?」ときかれてうんと答えると収納の魔法でトランクを仕舞ってくれた。さすがに一千万円も持って歩くのは怖すぎる。


 それよりも、なにを見ていたのかとモダンな店内に相応しくないショーケースの中身を見てみれば。中にあったのはいびつな形の金色の指輪だった。うん、たぶん指輪。正直古いし幅もばらばらで指輪というより金の輪っかというにふさわしいものだったが。これを真剣に見ているとかどうしたんだろう、魔道具だったのかな? とバルーフを見る。


「これ、魔道具なの?」

「いや、違う」

「? じゃあなんでそんな真剣に」

「これはファニー……ファーヴニルが初めて《幻獣固有能力アトリビュート》でつくったものなんだ。敬一郎は売ろうとはしなかったんだが、当のファーヴニル自身が持ちだして質に入れてしまって。当時は戦後で食い物を買う金がなかったからな、これなら金も最小限だしあまり……その、巧みとは言い難いだろう? だから質屋にも入れられたんだが、まだ残っていたとは……」


 ひどく懐かしそうに、目を細めショーケースをなぞるバルーフに。俺は思わず。


「すいませーん、これください」

「はえ!? ク、クロエ!? おれは欲しいなんて!」

「言ってないけどさ、これ爺さんが売ろうとしなかったんだろ? なら爺さんにとって他の財宝よりも価値があるものだったかもしれないじゃん。そんな大切なもの、俺は放置できないよ」

「敬一郎にとって……価値のあるもの」

「はい、お待たせしました。そちらの金の指輪ですね、10万円になります」

「あ、ちょっと待ってください」


 なにやら深く考え込んだ様子で、顎に指を当てて考え込んでしまっているバルーフを置いて。近づいてきた先ほど買取をしてくれた店員に俺はリュックサックの中から微妙に他の札束が入った封筒よりもへこんでいる、たぶん89万円が入っているだろう封筒を取り出して。

 その中から諭吉さんを10枚取り出して店員に渡す。それを店員がトランプのカードみたいに綺麗に広げて10枚数え終わると、金を前掛けの中に仕舞い首から下げていたショーケースの鍵を開けて金の歪な指輪を取り出してくれる。


「はい、確かに10万円。……ではどうぞ」

「ありがとうございます」


 それを受け取った俺は、爺さんの骨ダイヤが入っているペンダントを外して一緒に通した。ここで爺さんが大切にしていたであろうものに出会えて、なおかつこんなに安く手に入れられたのは爺さんの思し召しだと思ったから。爺さんの、家族への執念がこれを呼んだんだと思ったから。どこか運命めいたものを感じたから。

 店員に軽く頭を下げてから店を後にした俺とバルーフに、店員は深々とお辞儀をしてあとから「またおいで下さいませー」と声が追いかけてきた。

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