第16話 俺と質屋

「ご利用の方でよろしいでしょうか?」


 中もなかなかに古風な作りだったが、手前の方に質流れ品が色々置いてあって奥の方で買い取りをしているらしかった。長い長い一枚板の木のテーブルを衝立で仕切って合って、なぜか近づいても声は聞こえてこなかった。


 バルーフに聞いてみると、あの衝立は防音の魔法がかかっているらしい。そんな説明をした後、ふらっとバルーフが離れたと思ったら店員らしき着物に前掛けをかけて頭にタオルを巻いたいかにも現代人の格好ではないが近づいてきた。

 たぶん、声もかけられず後ろから近づいてこられたら俺は反応できなかったと思う、それくらいに気配というものがなかった。


「あ、はい」

「ではこちらへ」

「はい」


 なんだか不思議な感じのするひとに、たぶんこのひと人間じゃないんだろうなあと思った。それくらい、バルーフが人形ひとがたをとっているいまと同じような気配のなさと見ていて歳と性別の分からなさだった。


 空いている衝立で遮られているテーブルへと案内してくれた。木でできた椅子を勧められ、座ると俺はリュックサックの中に入れてタオルに包み持ってきた細い金でできた細工のあしらわれたチェーンネックレスや、財宝の中では比較的シンプルな指輪数点を取り出して机の上に置く。それをしげしげとながめるとこのひとは、ああと小さく頷いた。


「お孫さんですか?」

「え?」

「これ敬一郎さんの《幻獣ファンタジー》ファーヴニルドラゴン個体が作ったものでしょう。敬一郎さんがこの町を離れたときとお年を考えるにお孫さんかな? と思ったのですよ」

「!!」

「ああ、警戒しなくても結構です。すみません、関係のないことでした。これは適正価格できちんと質に入れますから大丈夫ですよ、もちろん国にも連絡は致しません」


 ファーヴニルドラゴン。

 その言葉と爺さんの名前に思わずぶわっと警戒するように鳥肌を立て立ち上がりかけた俺に、店員は「私は《幻獣保護委員会ファンタジ・ル・エール》が面白くないんでね」と電卓を懐から取り出しながら俺に言ったのではない、思わず呟いてしまったかのような口調で言った。

 この外見で電卓か? そろばんの方が似合うんじゃないの? とも思ったがその思考を読んだように「いまじゃそろばんも読めない方がいらっしゃるんですよ」と笑っていた。かくいう俺も読めない。したことないし。国に連絡しないことを約束してから、店員は素早くネックレスや財宝を手に取って傷がないかとかいろいろ見て電卓を叩いた。

 そしてその数字がはじき出された電卓をさっと俺の方へと向ける。ええーと、ゼロが1、2、3,4,5……。って。


「一千三百八十九万円!?」

「ええ、敬一郎さんとこのあのファーヴニルドラゴン個体の作品ですし、このチェーンの細かい細工がまた美しい。指輪も下品にならない程度に宝石がついていて大変好ましいです。敬一郎さんとこのファーヴニルドラゴン個体の作品は中期のものほど高値がついてますからね。いまのは情熱というのですか? そういったものが感じられなくて、傀儡みたいだと買われていくお客様も仰られていて。中期の……敬一郎さまの下にいたころが一番自由で可愛らしくも美しい作品を作っていたと」

「あの、わかったのでこれでお願いします」


 ぺらぺらと口のとまらない店員に、この金額で売ることを伝えれば。それまでなめらかに動いていた素晴らしい口が止まる。そしてぽかんと口を開けて目を何回でも瞬かせる。まるで信じられないものを見るかのように。そして俺に向かって言った言葉は。


「……いいんですか?」

「はい?」

「いや、ぼったくられてないかとか思わないんですか?」


 いや、これだけ素敵な品だよ? 正直チェーンネックレスだけでもオークションとかに出したら倍の値段がついてもおかしくないとは思う。指輪だってついている宝石は適度に大きなものだし価値は高いだろう。それが金を台座にしているのだから余計に。しかも素人目にも傷1つない代物なのだからもうちょっと高くてもいいと思うが。でも。


「適正価格で質に入れてくれるんでしょ? それに俺はあんたを信じてるんじゃない。この店を信じて利用していた、爺さんを信じてこの価格で売るんだ」


 にいっと唇の端をつりあげてみせれば、一本取られたとでもいうように店員は額に手を当てながら店中に響きそうな大きな声で笑ったのだった。

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