第12話 俺と真名契約の恩恵

「それって、家族を取り戻す時間が増えたってことじゃんか」

「え」

「爺さんみたいに、夢半ばで死ぬことはない。たとえ早く取り戻せたって、家族といる時間が長く取れるってことだろ? ならその他のことなんてどうでもいい。むしろラッキーだったと思うよ俺は、それでいいよ」

「けいいちろうのまご……」

「違うよ、あんたの新しい主人の名前は?」

「クロ……エ……」

「うん、いい子」


 本当は、どうでもよくなんかない。人の輪廻から外れるってことは、たぶん人じゃなくなるってことだ。それに魂の消滅だって。本当は怖い。でも、それでも。それすらも内包して、俺はラッキーな部類だったんだと思いたい。いや、思う。だって、この心はこんなにも凪いでいるのだから。


 だって、爺さんの夢を叶えてやることができるのだから。悲願を果たすことができるのだから。爺さんの願いは俺の願いだ、そんなこと平然と言えるくらいには幼いころの俺にとって今の俺にとって爺さんがすべてだったんだ。それに800年もかけて取り戻せなかったら俺にはきっとその才能がなかったのだと諦めもつくしね。


 それに俺、物語はハッピーエンド主義者なんだ。爺さんの人生ものがたりはハッピーエンドじゃなかったかもしれないけど、俺はできるだけ幸せに生きていきたい。そのためなら、親さえ俺の人生から排除した。することができた。自分でもほとほと呆れるほどに冷徹な人間だけど、それでもハッピーエンドを大団円を望むから。


 下がった頭を撫でる。さらさらとした髪の心地が気持ちいい。ぽたぽたとテーブルに涙が玉を作る。乾いたまろい頬を優しく両手で包んで顔をあげさせる。それとともに重力に従って涙が手に伝ってくるがそんなことは特に気にならない。


「だから、そんな顔しなくていいんだよ。……それにどうしてもっていうならさ、俺の相棒になってよ」

「あい……ぼう?」

「そ。これからの人生が寂しくないように、隣で笑っててくれる相棒になって」


 バルーフ、バルーフ、優しい子。祝福を名前に持つ者。爺さんを最後まで守ろうとしてくれた子。爺さんの側に最期までいてくれようとした子。爺さんが大切だと言った家族、仲間、戦友。そして約束を信じていてくれた子。俺を、認めてくれた大事な《幻獣ファンタジー》。


 左右の色の違った瞳に、再び涙がもりあがってくるのを見て。泣き顔を見たくなかった俺が人差し指で両方の目の縁を拭えば、着ていたパーカーの袖で乱暴に涙をこすって。へにゃりと眉の下がった不格好な笑みで笑ってくれたのだった。


「もちろんだ!」


 まだ涙交じりの声で、元気に返事をしながら。


 その日は、バルーフと一緒に寝た。

 バルーフは《幻想庭ガーデン》に入ることをひどく嫌がったし(たぶん次はいつ出られるのかとかわからないからだと思う)、俺は1人暮らしだと思ってきたからベッドは木造りのキングサイズのベッドが1つしかなかった。なんでキングサイズのベッド買ったんだって? 寝る時くらいのびのびと誰にぶつかる心配なく寝たいじゃんかよ。


 だいたい俺の部屋って決めたのは爺さんが昔使ってたところで屋敷では一番小さい部屋だった。やっぱり爺さんも広い部屋だと落ち着かないんだね! とバルーフに言うとなんだか複雑そうな顔をして同意してくれた。

 あと、客室が5つあったが。それはそれぞれバルーフたちが使っていたらしい。でも15年も放置すればさすがに老朽してくるわけで……というか、この屋敷に来る前の俺は誰が使っていたかなんて知らずに古い家具は捨てちゃってたから、バルーフの部屋は綺麗な白い絨毯を敷いただけで必要なものは後から揃えようと思っていたためなにもなかった。


 さすがに人外だから床に寝ても平気だろとか思うわけはなく、やむなく一緒に寝ることになったのだ。バルーフは床の上でも平気だと言っていたが、却下した。

 夜中、すぴすぴと寝息を立てて身体を守るように縮こまって寝ているバルーフの顔を見ながらふと、あれ? 俺ソファーで寝ればよかったんじゃね? と思ったが、時はすでに遅し、バルーフが俺の服の裾を掴んでいたこともあって結局一緒に寝るしかなかった。

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