第10話 俺と《幻獣固有能力》
「おれは千の魔法を操ることができる。これがおれ固有の力で、《
「ごめん、なんだって?」
「……あぁ、そうかすまない。この魔法は人間界にはない発音なんだ。あえていうなら、ティムとかルズルヴェルの間というか……まあ、そういう魔法があるってことだけ覚えておいてくれればいい。問題は、真名を挿げ替えることができる魔法ということだからな」
ティムとルズルヴェルの発音の間ってなんだよって思わなくもないが、真名を挿げ替えるというところに思わず眉をしかめる。意味が分からない、理解できない。それに産まれてきた時から呼ばれ続けていた名前とお別れするには抵抗感がある。だがバルーフは首を緩慢に振る。
「つまり、俺の名前はクロエだけど別の名前になるってこと?」
「いや、違う。例えば……そうだな、ユーゴという名前を用意するだろう? それを真名という形に挿げ替えるとお前はクロエを名乗り続けることができる。そしてそれを知られてもお前を操ることはできない、なぜならクロエという名はもう真名じゃないからだ」
「俺はクロエのまんまでいいの?」
「ああ、どうだろうか?」
「それで頼む」
どうだろうかも何もない。俺はこの名前が好きだ。なぜか知らないけど、とてつもなく愛着を感じる。だから、このままでも大丈夫というのならこの名前がいい。一も二もなく返事をした俺に、ケチャップで口の周りを真っ赤にしたバルーフは首を傾ける。
だがすぐになにか納得したように頷くと、空になった皿を横に押しやった。俺も食べおわっていたから同じようにする。そしてバルーフは紳士が淑女にするみたいにその白魚のようにすべらかで白い手の平を上向きに差し出す。その手になんとなく手を乗せると壊れ物を扱うみたいにきゅっと優しく握られた。
「その前に、あんたは口の周りを拭こうね」
「むぐっ……ありがとう」
「どーいたしまして」
俺は反対側の手で食卓の上に置いておいたティッシュを掴みとり丁寧にバルーフの口もとを拭う。それにどこか緊張感が抜けて肩をおろす。
「改めて……名前は何にするんだ?」
「ユーゴがいいな。あんたが俺にくれた名前」
「……いいのか? 適当につけた名前だぞ?」
「別にいいよ。あんたが俺に初めてくれたものだし」
ドラゴンからの贈りものってなんだか縁起良さそうだしと続ければ、バルーフは照れたみたいに頬を染めて破顔した。
そもそも適当とは言えユーゴなんて名前がすぐさま出てくることに疑問を抱いて、なんだか百面相しているバルーフに意味を聞いてみようかと思ったけど。意味を聞いて気に入らないから今さらチェンジとかいうのはちょっと可哀想だったからやめておく。
「では、ユーゴでいいんだな?」
「うん、よろしく」
「わかった。《!“#$%&‘=~》」
目をつぶって、握った手の上にバルーフは反対側の手をかざしながら。発音の分からない言葉を言った……んだと思う。正直なに言ってんだかわからないから自信がないけど。
驚くほどに違和感なく、スムーズに真名の挿げ替えの魔法は終わった。
久々の現実世界の魔法で疲れたのか、椅子の背もたれに身を預けて若干ぐったりしているバルーフにユーゴという名前の意味について尋ねると。
「ああ、『魂が美しい人』という意味なんだ」
「……そっか……そっかあ」
身悶えするような羞恥心に襲われて、なんとも言えないむずがゆさに突っ伏してあーあー言っている俺に、心配して立ち上がりおろおろしていたバルーフが魔法で出した水(この発音は聞こえた。なんか言ってんな、くらいの認識だったけど)を空になったコップに入れて差し出してくれるまで。俺は静かに身悶えし続けたのだった。
それはともかく。仕切り直しするようにこほん、と咳をして俺は水を受け取って一気に飲み干す。と、本題に入るためにバルーフに着席を勧める。素直に従ってくれたバルーフに、話を切り出した。
「この家が爺さんの家ってことは国もわかってるんだよね?」
「ああ、そうだろうな」
「じゃあ、盗聴器とかしかけられたりしててもおかしくないよね? 俺が相続して、あんたの存在は隠されてるとは言っても」
「それはありえないし、国もおれが復活したことはわかっているだろう」
「え」
「この家の周りを囲む石壁に、蔦が這っていただろう? あれはこの庭に生える帝王樹に寄生した帝王蔦でな。この家の主の意思に共鳴している。家主の意思に反することはできない。お前が他者を拒絶する限り他者は入ってこれないし、害意があってもなくても害となるものは潰される。これが1つめの答えで、2つ目の答えとしては《
そこら辺の弱い《
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