第6話 俺と初めての《幻獣》

 はっと気づけば、いまだ鬼気迫る雰囲気の小さな隠された書斎にいた。それからの俺の行動は早かった。まず扉を元に戻すとかちんと音がしてはまった。


 それからエントランスまで駆け足で戻り、2階の自分の部屋と決めたところからあの龍に着せられそうな服……Tシャツとパーカーと新しい下着と横縞のスウェットの下。

 ジーンズをはかせないのは別にいじめとかではなく、ただ単にあの龍は腰が細かったからだ。俺も結構な割合で細腰と言われるが、あいつは俺以上だった。ベルトは数本持ってきてたけど使い物にならなそうだし、ゴムのやつがスウェットしかなかったんだよ。どうせすぐ屋敷の中に入るのだからと部屋着っぽい格好で構わないだろうと積んであった段ボールの箱の中から服を引っ張り出したのだ。


 いやあ、引っ越しの時面倒くさがらずに段ボールに中身の名前書いといてよかった。なんてほくほくしつつ階段を下りて暗くなってきたため廊下の電気をつけて書斎より奥にあるサンルームの大きなオープンウインドウを開け草は伸びきり木は気ままに成長を続けてしまった木に巻き付いた蔦が陰気くさい庭に出る。あたりはすっかり夕暮れで。


 自分の親指にはまっている家紋の入った指輪を見ると緑色の宝石が1つはまっていた。先ほどまではなかったそれに首を傾げつつご近所(いないけど)迷惑にならないよね? と考えつつ俺は唱えた。


「《幻想庭・反映ガーデン・リフレクション》」


 指輪が熱を持った気がして、そちらを見ようとした一瞬の間に。

 陰気くさい庭は見事な花畑へと変わっていた。白い花が多いのか、夕焼けの色に染まった花が多い中その真ん中で幸せそうに金平糖を食べている龍がいた。しかし季節は春だ。いかに人外でも風邪ひくかもしれないと思い口を開く。


「ねえ、あんた。服持ってきたからこれ着な」

「ん? ああ、早かったな。ありがとう、恩にきる」

「ついでに髪も切ろうよ、鋏なら持ってるから」

「長い髪は力の強いものの証なんだが……敬一郎の孫が言うなら……」


 花畑に座り込んでいた龍は立ち上がりゆっくりとこちらに近づいてくる。右手には空っぽになった小袋を持っていたため受け取って回収する。ごみのポイ捨て、イクナイ。しかもこれから家になる場所にポイ捨ては許せない。


 ということで、服を着るのはともかく髪を切るのはあまり乗り気じゃなさそうだからとりあえずサンルームの中に招き入れカーテンを閉めて洋服を着せてみたところ、ゴムでもちょっと余った。そこは紐で結んでなんとかしつつも俺はなんだこいつのウエスト、細すぎか!? と戦慄したがそれはともかくとしてはけないほどではなかったため我慢してもらうことにして、せっかく雑貨と書かれた段ボールの中から探し出してきた鋏は仕舞った。


 かわりに同じく雑貨の中に入っていた髪を縛るゴムと櫛をリュックサックから取り出す。長い髪をなんとか梳かして、髪を頭の天辺かつ前に下がってこない位置で縛って。それでもまだまだとぐろを巻く髪に踵まで髪を下ろしてまたポニーテールにしてと繰り返すこと4回。最後にこれらをすべて巻き込んだお団子にしてやっと地につかないくらいまでの長さになった。それでも尻尾みたく下に垂れてるんだけど。


 なんとかなった白い髪の毛に、はあっとため息をつくとちょっと首を傾げながら龍が振り向く。ってかこいつの名前も聞かなきゃな。龍の姿でもないのにいつまでも龍って呼ぶわけにはいかないし。


「どうかしたのか? 敬一郎の孫」

「髪の毛毎日結ぶの大変だなと思って」

「ああ、髪のことなら気にするな。これで『固定』したから魔力が枯渇しないかぎり結ぶ必要はない」

「ま、魔力……ほんと? 毎朝あれはさすがに疲れるかもって思ってたんだ。あ、あとよかったら名前教えてくれない? いまはあんたと俺しかいないからいいけど家族が戻ってきたら呼びにくいじゃん」

「!! ……取り戻して、くれるのか」

「当たり前。俺は爺さんからあんたらを任されたの。爺さんが俺に託すとまで言ったことを叶えない通りはないね。……それなりにかっこいいこと言ってるつもりだけど、俺あんたにも手伝ってもらう予定だよ?」

「もちろんだとも!」


 俺にとって、至極当たり前のことを言えばなぜか龍は泣きそうになっていた。こっちとしては魔力云々というところを詳しく聞きたいんだけど。どうしたんだろうと不思議に見ていると、その後がばっと頭を下げた。

 髪が崩れるんじゃないかと思ったけど、確かにこれで『固定』されているらしく一筋の乱れもなかった。え、なにこれどうすればいいのと内心あわあわしている俺に向かって、龍は。


「どうか、家族を……頼む」

「……ん、任せて」


 顔をゆっくりとあげた龍は、ひどく嬉しそうに笑ったのだった。

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