第7話 俺とバルーフ

「で、名前なんて言うの?」

「ああ……、そのことなんだが。お前が新しい名をつけてくれないか」

「は? なんで? 爺さん名前つけてなかったの?」

「いや、真名はさすがに呼ばなかったが仮名はつけてくれた。でも敬一郎がおれたちをお前に託したのなら、おれのいまの主は《幻獣憑きファンタジア》お前だ。だからお前からの名が欲しい」

「ああ、そういう。あー……、じゃちょっと待ってて」

「? ああ」


 ちょっと待っててもらって、着ていたパーカーのポケットの中からスマホを取り出す。まず暗証番号をタップして、次にこの龍の名前に相応しそうな単語を考える。その間、龍が不思議そうにこっちを見ていたがわざと気づかないふりをしてやりすごした。


 説明がめんどいなんて思ってないよ!! ちなみに、《幻獣憑きファンタジア》というのは《幻獣ファンタジー》を持っていても仕事に使わない者たちの総称らしい。俺隠居してるしね! 仕事する気ないから安心して! おい、ニートとかいうな。その点爺さんは戦争に《幻獣ファンタジー》たちを連れて行って戦果を挙げたとか書いてあったし《幻獣遣いファンタズマ》だったんだな。


 15年、15年こいつはたった1人であの荒れた《幻想庭ガーデン》にいた。いつ来るかもわからない爺さんを待ちながら。ずっと、爺さんが仲間を、家族を取り戻して戻って来るのを信じて。約束が果たされるのを信じて。だったら、こいつはもうちょっと幸せになったほうがいい。こいつの名前は祝福を受けた方がいいんだ。ああ、そうだ。ならこいつの名前は。スマホをタップして調べる。一番上に出てきた名前を、こいつに告げる。


「あんたの名前は、バルーフ。祝福されたことを示す名前だよ」

「バルーフ……」

「痛っ!?」


 ちくりとした痛みが俺の指輪をはめた方の親指を襲う。スマホ取り落としそうになった、やべえ。じゃなくて、先の細い注射で刺されたときみたいなかすかな痛みだ。ふっと龍……じゃなくて、バルーフは驚きをこめた小さい声で呟くとまるで全身の力が抜けてしまった時のようにがくんと片足を立てて跪く。


 そっちもそっちで気になったけど、親指の痛みはどうしたのかと思って見ると指輪の宝石が赤く染まっていた。まるで血を溶かしたみたいに。バルーフが跪き頭を垂れてから数秒後、ぼうっと床が光りだして俺とバルーフを内包した魔法陣が浮かび上がる。


 なにがなんだかわからなくて挙動不審になっている俺を、バルーフは顔をあげにこりと涙にぬれた頬で笑ったあとに空気を介さない声で叫んだ。そのくせ大気が震え、カーテンがなびきオープンウインドウががたがたと揺れる。


「バルーフ?」

【我が名はバルーフ、意味は祝福。我が主、片倉クロエの名のもとにいま。主従契約は成された!!】

「バ、バル」

【アジ・ダハーカの名を捨て、我はいまから。片倉クロエの《幻獣ファンタジー》となり、剣となり盾となり矛となり主の生がついえるその瞬間まで尽くすことをここに誓う!】


『名は特別なものだ』そういやそんなこと言ってたよなあなんて、ごっそりと身体の中からなにかが抜け落ちていく感覚にめまいがしながら俺は。

 アジ・ダハーカってたしか邪悪な龍とか言われてなかったけ? こいつ全然邪悪じゃないじゃんとか爺さんの≪幻獣ファンタジー≫に認められてうれしい気持ちとかいっぱいのまま、眠い意識を暗い暗い闇の底へとあわてたように手を伸ばしてくるバルーフを見ながら落としたのだった。

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