第5話 俺とひとの形をとった龍

「……落ち着いた?」

『……ああ、すまない。敬一郎の孫』


 花も散り無残な荒野、荒れ果てた崖へと変わった箱庭みたいなこの世界は《幻想庭ガーデン》というらしい。そのまんまじゃねえかとか俺に言うな。大泣きがすすり泣きにかわり、やがてそれも止まった頃に話しかけると、龍は案外気安く教えて謝ってくれた。しかし、俺のことは一応自己紹介したのだが忘れたのか爺さんの孫と呼んでくる。


「いや、だから俺は片倉クロエ」

『敬一郎の孫、真名まなは隠すものであり、名は特別なものだ。敬一郎はおれたちに教えてくれたが、この敬一郎という名前も真名ではない』

「え」

『真名を知られるということは相手に支配する権利を委ねるのと同じだ。だから敬一郎の孫、お前は名前を隠した方がいい……この身体じゃ話しづらい、というか目が合わせにくいな。人形ひとがたをとるか』


 しゅううううと龍の身体が徐々に縮みだし、腕は伸び、足は二又に割れ人の形をとった。長い長い白い髪がまるで服のようにぐるぐると身体に巻き付いている。それでもまだ下にとぐろを巻くくらい長いのだからどれだけの歳月切っていないのかと思う。


 やがて完全に人の形をとった龍は、黄色と緑のオッドアイという女顔のイケメンだった。なんで男だってわかったか。胸がまったいらだからだよ! 181センチある俺よりわずかに下くらいの身長まで成長してて悲しくなるほどに平らな胸なんて男しかありえないだろ! 下の確認はしなくてよし。こいつは男、俺が決めたからこいつは男なの。


『しゃんと目をあわせて会話せんか、……安心するといい。お前が思っているほど、人は他人を見ていないもんじゃ』これも爺さんがよく言って言葉だ。人の目が怖くて、逃げるように生きてた俺にとっては地獄みたいな言葉だったけど。それでもこの言葉のおかげで人と目を合わせることは苦じゃなくなった。

 そんな爺さんの小さな習慣や言葉がこいつにも根付いているのだと思うとなんだかうれしかった。


「うん、久々の人形だ。……なんか慣れんな」

「あー、洋服ないからじゃない? ここから出れたら俺の洋服貸してあげるんだけど……。どうやって出るの? ここ」

「なんだ、知らないのか。当主の指輪を……ってお前がはめてるじゃないか。なら簡単だ、お前はただ『《幻想庭・収納ガーデン・ストレージ》』と言えばいいだけだ」


 ほのぼのと平和そうな顔で言ってくるこいつに目を剥く。もしかしなくても、この指輪してなかったら俺ってここから出られなくて詰んでた? やべえ怖い! 役目どころじゃねえよ爺さん、そういうことは先言っといて! 心の中で叫んで、額にかいた冷や汗を拭う。

 じゃあさっそく……と言おうとしたところで、ふと気づく。この龍はどうなるのだろうと。もしかしてここに取り残されたままになるんじゃない? と思って聞いてみれば案の定だった。


「おれはこの《幻想庭ガーデン》に残される」

「いや、あんたの服をとりに行くんだからあんたが来ないと意味がないだろ」

「……では、庭に行って『《幻想庭・反映ガーデン・リフレクション》』と言ってくれるだろうか? そうすればおれは外に……現実世界に出られる」

「《幻想庭・反映ガーデン・リフレクション》ね、わかった。じゃあちょっと待って……あ、そうだ」


 ごそごそと背中に背負っていたリュックサックを漁って大袋に入った小分けにされた金平糖を取り出す。大袋をべりっと破って「たんぽぽ」「さくら」「ゆり」「ぼたん」「らべんだあ」というのが小分けにされた袋には書いてあってそれぞれの花の特色なのかその花の色の金平糖が入っていた。

 なんとなく「ゆり」と書かれたそれを手にして、なにに驚いているかわからないけど呆然としている龍に渡そうとすればぼんやりながらも手を差し出してきたからその上に乗せる。


「これ、この屋敷に行くなら必ず持っていけって爺さんに言われたやつなんだけど1つあげるね。すごいんだよ、メーカーまで指定でさ、この商品って決めてるみたいで」

「……」

「えーと? どうしたの?」

「なんでもない……ありがとう。金平糖は好物なんだ」

「そっか、じゃあ爺さんあんたのために持っていけって言ったのかもね」


 なんとなく口にした言葉だったが、この龍には禁句だったらしく「敬一郎……」と泣きそうに顔が歪んだので早々に失礼させてもらうことにした。とりあえず頭を撫でてそこに座って食ってな、とわずかに花が残るそこを指さしながら言うと素直に頷いて座るとおそるおそる袋を破き小さい口で1つずつゆっくり食べていたから問題ないと思う。


 もうちょっと慰めろって? 育児放棄され気味だったコミュ障なめんなよ、そんなことできたら女の子と付き合えててこの歳で隠居なんて考えないわ。言わせんなよ哀しくなるだろ。

 いそいそと俺はこの《幻想庭ガーデン》から出るため、リュックサックを背負い直すと。


「《幻想庭・収納ガーデン・ストレージ》」


 小さな声で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る