第3話 俺と親愛なる後継者

「痛え!!」


 なんとなく危機感を抱いて腕は引っこ抜いたものの、顔面へと分厚い本がぶつかってきた。というか、本棚が扉のように動いて勢い良くぶつかってきた。……おのれくそ爺!! と打った顔を押さえながら思ったが、過剰に反応してしまっただけで実際にはそれほどの痛みじゃない。


 というか、よくよく見ればこの本棚だけ本の表紙などのハリボテで扉が動いた反動で落ちてきたのは中身が空な紙で出来たそれだった。つまり、重かったのは大百科だけ。ほんとにもうやめろよ爺さん!! 心の中で叫びつつ開いた本棚の中を覗くとちょっとした小部屋になっていた。というか、窓もない小さな書斎だった。


  本で埋められた木造りの本棚と情趣を漂わせる古びた見開きの本に割と大きなガラスケースが小さなデスクの上に乗っている。座るのを促すように傾けられた椅子にほこりの被った書斎。だが、十何年も開かれていなかったはずの静けさに反する鬼気迫るなにか。そこに俺が開けた本棚の扉から一筋の光が入る。


 ここに入れば、二度と後戻りはできない。そう思わせるなにかがそこにはあった。


 でも、爺さんは託すって言ったんだ。俺みたいなのに、大切なものを託すって言ってくれた。だったら俺は、それを受け取るべきじゃないのか。爺さんの孫として、責任を果たすべきじゃないのか。そんな声といや、孫としての責任なんかない爺さんは責任感でこの鬼気迫るなにかを引き継ぐことを望むだろうかという声がせめぎあう。


 きっと。

 きっと爺さんは俺がここを放置しても怒らないだろう。託すといわれても、こんなことできないといえば受け入れてくれる。それほどまでに人を叱るということができない人だった。仕方なく笑って、受け入れてくれるような人だった。優しい、人だったのだ爺さんは。

 だから俺は。


「入るよ、爺さん」


 後戻りなんて出来なくていい。この先に何が待ち受けていても、あの人の、爺さんの期待に応えられない人間になることだけは嫌だ。自分に気合を入れるように声をかけてから緩慢に中に入る。


 切迫したような書斎の中に入ると緩んでいた気が張り詰めるのがわかる。あえてそこの空気に身体をなじませるみたいにゆっくりと深呼吸すると、ほこりっぽさにむせそうになる。格好つかないなあなんて考えて、本に目を走らせるがあいにくほこりに乗っかられたノートは文字が読めなくてさっさっと手のひらでほこりを払う。それを2、3回繰り返してようやく読めるようになった本を見る。


『親愛なる後継者へ

 どうかこの文章を見たものが、クロエであればいいと願うのは爺馬鹿というものじゃろうか。

 さて、ここは秘された場所。儂が国に盗られた≪幻獣ファンタジー≫たちを取り返すために作った場所である。話しは随分と昔になる。第二次世界大戦の時に≪幻獣遣いファンタズマ≫として戦争に参加して戦果を挙げていた儂を、国は英雄ではなく危険人物として扱った。その扱いに我慢できなかったのじゃろう、儂の4人の≪幻獣ファンタジー≫たちは国に抗議に行ったが誰一人として戻ってはこなかった。残ったのは儂を守るために側にいてくれたあの子だけじゃった。だから頼む、親愛なる後継者よ。儂の大切な家族を、仲間を、戦友をどうか助けに行ってほしい。それが無理なら、せめてあの子の話し相手になっておくれ。この老いぼれの、最後の望みを託して。 片倉敬一郎』


「く、国が相手……」


 丁寧にページをめくると、長く国と渡り合った爺さんのためた情報が書かれていた。《幻獣ファンタジー》たちは捕まえられ他の《幻獣遣いファンタズマ》たちに下賜されたことも、《幻獣ファンタジー》たちが主を誤認識していたり、爺さんを忘れているようだということも、信頼できる人物も。呆れるくらいに壮大な話。でも、爺さんは嘘が嫌いな人だった。家族である俺を、大切にしてくれる人だった。


 引きつった頬にこれからどうしようかなと考えるが、そんなこととうにわかっていた。爺さんの家族なら俺の家族だ、だから取り戻そう、たとえ国が相手だとしても。こんな秘密の小部屋まで作って、こんなに鬼気迫るほどの空間を作り出しておいてなにが無理なら話し相手になって欲しいだ。本当は、家族を取り戻したいって願ってるくせに。


 心の中で毒づきながら、俺と両親にはないその絆がどうしようもなく羨ましくて。苦しくなりそうな感情に蓋をする。俺は愛された、爺さんに。それだけで十分だろうと自分に言い聞かせる。

 そして目をそらした先で一筋の光に照らされてきらりとなにかが輝いた。それはデスクの上、ほこりの被った大きなガラスのケースに入ったなにかだった。なんか危険物だったりしないよね? とおそるおそる近づいて、ほこりの被ったガラスケースを外す。そこには。


「……水晶?」


 ガラスケースの中には魔法陣のようなものが書かれた敷紙の上に小さな子どもの手のひらほどもある中になにか苔? みたいなものが入った水晶が1つ、置いてあった。これ、ガーデンクリスタルとかいうやつじゃね? と思いつつもおかしい。敷紙の上の魔法陣みたいな奴は5つあるのに対して、水晶は五角形に書かれ線でつながった魔法陣の一番上にあると、魔法陣から離されて4つ置いてあった。そこでふと、爺さんの手紙と本に書かれた文字を思い出す。


『あの子だけはどうにか守りきれた』。他の4人は守り切れなかった、しかも国から。じゃあこの空いてるというか魔法陣から外されている4つはその人たちの分か。というかその『あの子』はどこにいるんだよ……そんなことを考えつつなんとなく魔法陣の上にのっている水晶に触れると。


 目を焼くようなと表現するのも陳腐な、光が生まれる瞬間を見ているようにその水晶は輝きだして。

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