第2話 俺と爺さんからの手紙

「うーん、玄関もちゃんとなってるね。洋館専門リフォーム店に任せて正解だったかな」


 手をついた真新しい白い壁紙、広い玄関には鈍い鉄でできた傘立て。逆さにしたチューリップのような可愛らしいシャンデリア。大輪の薔薇の花が描かれた玄関マットが敷かれたエントランスは広くまあるい場所となっていた。正面には階段が2つ、交差するように2階へと通じているらしかった。


まっすぐ先には赤い絨毯の敷かれた廊下。そこにも点々と俺の身長より少し高いところにチューリップをひっくり返したかのような電灯がある。これ全部スイッチ1つでつくようになっている。元々はろうそく式だったのだがそんなこと時間かけてやってられるかと問答無用で電気を通した。


 リュックサックの中から取り出した内履き用のシューズに履き替えて、玄関マットを越え屋敷の中を歩く。とりあえず、ちらりと赤い絨毯の敷かれた階段に目をやってからまっすぐ廊下を進む。正直言って小さい頃に来たのが最後でそれから15年間、爺さんは病院に入院していた。


とりあえず、おぼろげな記憶を頼りに爺さんが楽し気に昔教えてくれた書斎に向かう。特に理由はない。まだ昼間なのに廊下がどこか薄暗いのは等間隔にある窓の外を木々が覆っているからだと思う。タクシーの中で見た限り除草はしてくれてなかったみたいだから。それに窓から外をのぞけば草に覆われててあまり見えなかったから真実だと思う。


「半端な仕事だなー……なーんて」


 どうせなら草も刈っといてくれればよかったのにと独り言ちる。だがそこまではリフォーム店の仕事じゃないからまあ八つ当たりなんだけど。


 足を進め、仄暗い廊下をまっすぐ進むとすぐに書斎にはついた。上に小学校みたいに黒塗りの木に金の文字で「書斎」と書かれていたからすぐにわかった。なんだか探検も兼ねていたのであっさり見つかって拍子抜けだったが、気にしないことにする。

15年も放置されていたのに対し表示も綺麗なのはやはりリフォームしたおかげなので文句はやめることにする。


 扉を開けると古い紙独特の匂いがする。左右はクロエの腰丈の台の上から下までぎっしりと小難しそうな分厚い装丁の本が詰められた本棚で覆われており、正面は威厳のある木造りのデスクに俗にいう社長椅子と呼ばれるような立派な椅子。

その後ろには大きな窓。上には玄関のよりも小ぶりなシャンデリアがついていて、ここは仕事をする場所だということがわかる。それよりも。


 ひらひらと突然天井から紙が落ちてきた。それは左右にゆらゆら揺れながらデスクの上へとたどり着く。怪しげに現れたそれに首を傾げるもゆっくりゆっくり近づいて見下ろすと、目を見開いて、気づけば手に取って食い入るように見ていた。黄ばんだ便せんに万年筆で書かれたような流麗な日本語、それは間違いなく。


「爺さんの字だ……」


『我が最愛なる孫、クロエへ

 ここにお前が来たということは儂はもうこの世にはおらんじゃろう。だからクロエや、お前には儂の一番大切なものを託そうと思う。この机から見て右側の4つある本棚の3つめ、そこの一番分厚い本の向こうに鍵穴がある。そこに鍵をはめておくれ。そこになにより、わしの大切なもののうちの1人が眠っている。あの子だけはどうにか守りきれたんじゃ。だが、あと4人も見つけてやってくれ。帰る場所を、記憶を奪われてしまったわしの大切なものたちに、どうか安寧を与えてやっておくれ。

 最後に。こんなことに巻き込んですまん、どうか彼らとともにある日々がお前にとって幸多からんことを祈っておる』


「帰る場所を奪われた? 大切なものたち? 安寧? 彼らって……どうゆうことなんだよ、爺さん」


 意味が全く分からない。いや、言葉の意味は分かるが思考がついていかない。なに、どうゆうこと? こんなことに巻き込んでってなに? 俺は一体なにに巻き込まれたの? 昔から大事なとこをぼかして伝える癖やめろって言っただろ馬鹿爺さん。


 心の中で罵倒を吐きながらも、俺はデスクから見て右側の3つめの本棚、そのなかにある一番分厚いと思われる大百科を引き抜く。ってかなんで大百科とか重いの選ぶかなあ!? 爺さんは! と考えつつ取り出した大百科を棚の上に乗せ隙間をのぞくと確かに鍵穴らしきものがあった。


 爺さんから相続したものは6つ。金、ここらの土地と屋敷、骨ダイヤのペンダントと5個の宝石が欠けた家紋の入った指輪、そしてどこに使うのかもわからないような古ぼけたアンティークゴールドの鍵だ。いったいどこに使うのかと考えていたが、まさかこんなところだとは。てっきり玄関の鍵だと思っていたが、鍵変えちゃったからいらなくなっちゃったなーとか思ってたのに。


 リュックサックをずらして前に持ってくると一番外側の小物入れのところに入れておいた鍵を取り出して腕を隙間につっこんでなかなかはまらないため音をたてていると、ようやくはまったのかかちんと音がして鍵が動かなくなった。それを捻ると。

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