幻獣物語〜ファンタジ・ア・ストーリー〜
小雨路 あんづ
第1話 俺と幽霊屋敷
『クロエ、お前には儂の一番大切なものを託そう』
大切なものなんていらなかった。
俺はただ、あんたが生きていてくれたら。また笑いあえたなら、それだけでよかったんだよ、爺さん。
「なんて……直接言えたらよかったんだけどね」
「はい?」
「いえ、なんでも。それより、家にはまだ着きませんか?」
親指にはまったごつい指輪、その指とは違うほうの手で首から下がる小さな鳥かごを模したペンダントを握る。正確にはその中に入っているダイヤを。これは本物のダイヤモンドと呼ばれる鉱石じゃない。爺さんの骨をダイヤに加工した代物で、そんな技術があることを爺さんが病床で書いていたらしい遺書によってはじめて知った。
『必ず必要になる』そんな理由とともに遺骨の一部をダイヤに変えてペンダントとして相続した。他にも多少の金や爺さんが病院にうつるまで住んでいた家を相続したのが大学4年生の春。両親はやっぱり俺に興味はないみたいで、それらを好きにしろと放り投げられた。
金をせびってくる煩わしい親戚連中はいたけど、俺は「金の使い道は決めてるから」の一言で黙らせて夏休み、冬休みは就職活動もしないでめいいっぱいバイトをして金をため込んだ。
大学の教授たちはうるさかったけど、もともと人づきあいが苦手で友達もいなかった俺は生まれ育った環境に未練はなく、23歳で人目を避けるように隠居することに決めた。
両親は家を離れると言った俺に今さら何を思ったのか毎月2人分ではないかと思えるほどの仕送りを送ることを約束して家から出した。今さら親らしいことがしたいとかバカげているとしか言いようがない。俺はもう23だ。
親らしいことをしたいのなら、もっと小さい頃にやってくれたらよかった。俺の小さい頃の思い出なんて爺さんと過ごした記憶しかないんだから。
ぼんやりしていても五感は勝手に拾うらしい。タクシーの運転手が苦笑しているのがミラー越しに見えた。
「お客さん、あと10分もすればつきますよ。……それにしても、本当にあの幽霊屋敷に住むんですか?」
「幽霊屋敷?」
ため込んだ金をフルに使って電気周りや生活空間、外観だけはリフォームさせたがそれでもまだ幽霊屋敷と呼ばれるなんて心外だ。そんな感情を声に込めて返事をすれば、客商売なタクシー運転手はあわててゴマをすったような笑顔を浮かべる。
「いやね、人がいないのに物音がする、光る玉を見た、夜に行くと呪われるなんて噂が立ってたもんだからつい。気分を悪くしたならすみませんね」
「あー……別に。動物でも入り込んでたんじゃないですか? それに最後に関しては完全に不法侵入ですし。夜に来られても困るから、これからは俺が住むってこと周りに言っといてくださいよ」
「はいはい、仲間にもちゃーんと言っときますね」
助手席の頭を乗せる部分にもたれながらそんな会話をしていれば、森の中とも言えそうな草木が覆い茂ったそれらをまるで外に出さないためにとでも言わんばかりに。
小高く丘のようになった場所を車で登っていくとぐるりと周囲を長年の雨風で汚れてしまったらしい蔦の這った白石の壁が高くそびえたっていて、入り口と思われる鉄格子の門が開いていた。
右側の鉄格子の門の下には鎖と錠前が落ちているものの招き入れるように開いていた。
門には郵便受けや俺が発注したシックな電灯がついている。ちゃんとこれでも屋敷の雰囲気を壊さないように考えたのだ。
「あれ? おかしいですね、前来たときは開いてなかった気が……」
「引っ越し業者とリフォームの人たちが入ったからじゃないですか?」
「あ、それもそうですね」
一時不審そうに車を止めたタクシー運転手だったが、俺の言葉に確かにと頷いて中まで車をのり入れてくれた。倒れた雑草に埋もれつつあるレンガ調の車が通れるほどに広い石畳の道をまっすぐ行くと、ところどころ欠けた白い石で出来た階段があった。
その上にはちょっと拓けたところがあって奥まったところにあるのは真新しい黒系統のレンガで出来た壁に薄緑色の屋根、白い窓枠に凹を逆さまにしたような形の西洋館だった。
「いやー、綺麗になりましたねえ。前来たときは本当に幽霊屋敷みたいだったのに」
「……来たことあんの? なんで?」
「あ……あ、あー。お客さん! 今日の乗り賃はただでいいんで、どうか会社には黙っててください!!」
つい敬語を崩して半目で睨むと。やっちまったーと言わんばかりに顔を歪めたタクシー運転手は、以前どうしても幽霊屋敷を見てみたいという客にそそのかされうっかり中までは入れなかったものの敷地内には入ってしまったらしい。ちなみに、この屋敷だけではなくここら辺一帯の土地はすべてもともとは爺さん名義だったが相続した時に俺名義になっている。これを会社に訴えれば不法侵入で良くて減給、下手すりゃ懲戒免職ものだ。
俺としては父親と同じくらいの男の涙目なんて見ても嬉しくなんてないため、元々言うつもりはないんだけど。でも乗り賃タダは素直にうれしかったため、笑顔になりながらそれでいいと交渉にも満たない何かはなった。
そして階段の前で停めてもらい、横の座席に置いておいた黒いリュックサックを掴みタクシーから降りた。逃げるようにそそくさと門から出ていってしまったタクシーを見送ってから、その大きな黒系統のレンガでアーチを作っている柱を通り抜けるとリュックサックから鍵を取り出してがちゃりと開ける。チョコレート型の大きな扉が2つを両手で開けた。
今日からここで暮らすんだと意気揚々としていた俺は知らない。タクシーが出ていったあと風もないのに勝手に門が閉まり、ふいに蛇のように鎌首をもたげた鎖がするすると取っ手部分に絡みつき錠前が、自然にはまったことを。
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