第6話


近づいてきた人間の顔を確認出来た瞬間、梓は自分の目を疑った。今、この場に一番いるはずのない顔だったからだ。


(白瀬雪乃…?)


サラサラとした黒髪を後ろに流し、人形のように大きな瞳は色の薄い茶色。どこか気だるげに憂いているその表情からは仄かに色気すら滲み出ている。今まで遠くから見かたりすれ違う程度にしか顔を見たことはなかったが、改めてマジマジと観察すると男子たちが夢中になり、女子たちが嫉妬の炎を燃やすのも納得する美少女であった。


そしてその美少女が真っすぐに自分の元へ歩いているのだと気づき、


(…もしかしなくてもあの手紙の主…)


梓の心の中はあの珍妙な手紙の主が分かったと言う高揚感と、これから来るであろう告白に備えなければならないと言う憂鬱感でせめぎ合っていた。まだ告白しに来たと決まったわけではないのに、自意識過剰だとは思うがそれについては経験から来る勘である。逆に話したこともない異性を呼び出す要件が告白以外に何かあるのか、と梓は自分がナルシストではないと言い聞かせる。


意識を一瞬彼方に飛ばしているうちに白瀬は梓とバッチリ目が合う距離にまで近づき、立ち止まった。今気づいたことだが彼女は結構背が高い。背筋を伸ばしているからだろうか、173㎝の梓より少し低いくらいである。周り、というかアピールという名の付き纏いをしていた女子達は150前半、160ギリギリの低くもなく高くもないのが多かったため、自分が目線を合わせる時殆ど顔を動かさなくていい女子と相対するというのは珍しかった。


背も高いし、何より手足も細い。今は夏服のため掴んだら折れてしまうのではないかという程の細い二の腕を惜しげもなく晒している。これは耐性のない男子たちは簡単にコロッといってしまいそうだな、と他人事のように思う。実際梓は何も感じない。

それでいて出るところは出ているというモデル体型。

クラスメートが話しているのが自然と耳に入ってきてしまうため知っているだけだが、成績も学年上位でスポーツも万能らしい。その上この美貌ときたらモテない理由はない、と納得せざるを居ない。


これほどまでに完璧に近いと、告白してきた男子、いや男子全般に異様に当たりがきついのは欠点の内に入らないであろう。寧ろこれで誰にしても丁寧な対応をしていたら、人間味がなさ過ぎて逆に近寄りがたいし怖い。絶対裏で何かしている、と梓は偏見に塗れた見解を心の中で述べる。今の白瀬雪乃に親しみを感じるかというと微妙なところで、梓にとって女子はどんな性格だろうが全員近寄りがたい存在だ。


すると突然目を合わせて来た雪乃が口を開いた。


「結城さんですか、わざわざ呼び出して申し訳ありません」


そう素っ気ない声で告げると軽く頭を下げた。やはり手紙の主は雪乃で確定のようだった。


「…白瀬さんだよな、あの手紙って」


「ラブレターです」


間髪入れずに答えた雪乃に対しどう返したらよいのか分からず苦笑した。というかラブレターを送りその送った相手と相対しているというのに雪乃からは、緊張や恥ずかしさと言った、今まで梓に告白してきた女子から必ず感じたものが一切感じられなかった。言うなれば、事務作業を淡々とこなしているようなそんな感覚だ。手紙も社会人のメールのようではあったが、話し方というか態度も手紙から受けた印象そのまんまだった。


「それはつまり」


「はい、結城さん。私とお付き合いしていただけませんか」


表情を変えずに言い切った雪乃。学校一の美少女から告白されている。いくら女子に対し興味がなくとも多少は優越感に浸ることのできる場面である。が、梓にはそう言ったプラスの感情は湧いてこなかった。湧いてきたのは戸惑い、困惑と言った感情だけであった。


(何だろう、告白されていると言う実感が湧かない)


告白され慣れているとはいえ、困惑したのは初めての経験であった。最初から、雪乃と話していた時から感じていた違和感があるのだがその正体については分からない。雪乃の整った顔にはほんの少しの微笑が浮かんではいるが、それすらも本心を悟らせない鎧のように感じてしまう。伝え聞いた話によると、雪乃は表情の変化が乏しいらしい。どんな時でもクールで素っ気ない、恐らく微笑みを湛えているのは呼び出した手前、必要最低限の礼儀といったところか。

要するに何を考えているか読めないのだ。


そもそもモデルもやっている美形な先輩をその場で切り捨てている相手だ。碌に話したこともない梓に告白すること自体違和感しかない。話したこともない相手に告白する理由としては顔が好みで一目惚れ、というのが定石だが、雪乃はそういったタイプにも思えない。梓に覚えがないだけでどこかで関わっている、という可能性も視野に入れて記憶を遡るが、学校一の有名人と関わった記憶を忘却の彼方に捨て去るほど人に関心がないわけではない。絶対に覚えているはずである。


何か他に目的があるのではと邪推せずにはいられないが、その目的を推測することは今の梓には困難である。向こうの思惑が何にしろ、梓の言う答えは決まり切っている。


「気持ちは嬉しいけど、ごめん」


もう何度言ったか分からない台詞を言う。相手の本心が分からないとはいえ断ると行為はそれなりに罪悪感を抱く。雪乃の様子を窺うと、断られたと言うのに一切表情を動かさず、暫く考えるそぶりを見せ目を伏せる。そして梓の目を見据えると


「そうですか。では他の人に頼みます。態々呼び出して申し訳ありませんでした」


「へ?」


雪乃の言った言葉が理解できず、反射的に素っ頓狂な声を上げてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る