第5話


入学して数ヶ月が過ぎた。制服も半袖着用可になり、日差しもだんだんキツくなってきている。男子達は『白雪姫』の白い細腕を合法的に眺めることができる、と若干気持ち悪いことを言いながらいろめき立っていた。当の本人はそんな男子達の視線など意に返さず、あいかわらず男子達の告白や下心満載の誘いをバッサリ切り捨てているようだった。なぜ知っているのかというと、クラスメートの会話が嫌でも耳に入ってくるからである。


一方、梓は夏樹以外にも友人と呼べる存在も出来、それなりに充実した学校生活を送っていた。表向きは。


朝だと言うのに既に疲れた顔をして席に着いている梓に夏樹が近づく。奇跡的に夏樹と同じクラスになれ、友人が出来たのも夏樹に多少頼ったところはあった。


「朝からどうした、またラブレターでも入ってたのか」


そう尋ねられた梓は脇にかけてあるリュックの中を探り、白い封筒を夏樹に見せる。すると労わるような視線を向けてくる。



「何人目だっけ」


「8人」


覇気のない声で告げる梓からは疲労感しか伝わってこない。梓には告白してくる相手を切り捨てても一切心が痛まないような鋼のメンタルは備わっていない。そのため断るだけでも結構体力と精神力を使う。断ってもそこでスパッと諦めてくれる相手ならいいのだが、世の中にははい、そうですとあっさり引き下がる相手ばかりではない。


中には突然泣き出したり、友人を使って梓を囲み責め立てる女子もいたし逆恨みから知り合いか、はたまた下僕かは知らないがガタイのいい男子を唆し嫌がらせをされたこともある。高校に入ってからは男子に絡まれると言うことはないが、それなりに人気のある女子に告白されすべて断っている梓を目の敵にし、嫉妬の籠った視線を向けてくる男子は少なくない。それについてはいちいち気にしていたらキリがないので出来るだけ気にしないようにしている。数少ない友人はそんな梓を妬むわけでもなく、むしろ大変そうだと慰めてくれる。いい友人に恵まれたと梓は思った。


「まあ中学よりマシじゃないのか、この高校レベル高い奴がゴロゴロいるから梓にあんまり目が言ってないのかも」


8人が果たして少ないのかはともかく、夏樹の言うことは本当だった。それなりに偏差値の高いこの高校は顔面偏差値の高い人間もそこら中に溢れている。そのおかげ、と言っていいのかは定かではないが梓に絡む女子は目に見えて少なくなっていた。見た目のレベルがほぼ同じならコミュニケーションスキルが高く、人当たりの良い方に関心が向くのは至極当然の結果である。梓としては比較的穏やかに過ごすことが出来ているため、名前と顔の一致しない顔面偏差値の高い方々には感謝の意を伝えたい。


とは言え、今日のようにラブレターが下駄箱に入っていたり呼び出されることもないわけではない。そのたびに多少憂鬱な気分になってしまうのは仕方がないだろう。


「それより手紙、なんて書いてあるんだよ」


受け取った張本人より興味津々の夏樹が早く封を開けるように促す。渋々といったゆっくりとした動作で封を開け、四つに折りたたまれていたそれを開くと


『結城梓様。

突然のお手紙お許しください。あなたに折り入ってお願いしたいことがありこの手紙を書かせていただきました。つきましては本日の放課後、体育館裏にてお待ちしておりますので、もし都合が宜しければお越しください。

本来であれば名乗るべきなのは承知しておりますが、事情により匿名での呼び出し、ご了承ください』


「…」


全文読み終えた夏樹と梓はおよそラブレターとは思えない文面に呆気に取られていた。勝手にラブレターと決めつけていたが、全く別物という可能性もある。


「これ、ラブレターか?俺には社会人のメールに見えるんだが」


梓と全く同じことを口にした夏樹。これをラブレターだと認識できないのは自分だけではなかったと安堵した。


「俺にもそう見えるが、良かった。俺だけじゃなかったんだな」


「…ラブレターにしろそうじゃないにしろ、送ったのが誰かって言うのは気になるな。てかすんげぇ綺麗な字。習字とか習ってたんかな」


感嘆の声を上げる夏樹。改めてラブレター?を読み返すと確かに綺麗な字だった。印刷された文字かと疑うが、黒いボールペンで書かれているのが分かる。梓はそれほど字が綺麗ではないので素直に羨ましいと感じてしまう。


「確かにこんな社会人のメールみたいな手紙書いたのが誰かって言うのは気になるかもな」


「あ、梓が女子に興味を持った。こりゃ雨でも降るんじゃないのか」


面白そうに窓の外をチラ見して茶化す夏樹。今日は雲一つない晴天である。


「これ女子か?」


「いやこれは女子の筆跡だろ、逆に男子だったらどうするんだよ」


そう問われ顎に左手を当てて考える。今まで男子に告られたことはないが、恐らく梓の恋愛対象は女性。しかし、性別関係なくお断りする以外の選択肢が今の梓にはない。男子の場合、最終手段腕力にものを言わせる、がある。下手に相手を刺激したりプライドを傷つけてしまえば乱暴な手段に出られる危険がある。梓は腕っ節には全く自信がないため、その辺を慎重にしなければならない。


そう考えると、モテる女子、例えば白瀬雪乃はそう言った危険と隣り合わせということになる。にも拘らず清々しいほどにバッサリと男子たちを切り捨てるのだから、何というか肝が据わっている。話したこともない相手に対する評価が少し上がつた。


「誰とも付き合う気ないし断るぞ」


夏樹は予想していた答えだったのか「そうか」と短く答えた。すると教室の前方入り口が騒がしい。明らかに憔悴している男子に友人らしき数人が群がっている。いや、群がっているというより慰めている、と言った方が正しいかもしれない。

「元気出せ」「白雪姫に告るだけ勇気がある」「勇気あるお前を好きになってくれる女子はいつか現れる」と口々に慰めの言葉をかけている。最後のは果たして慰めなのか。



憔悴している男子は、確か山本といったか。社交的で女子とも仲が良かった。口下手な梓にも話しかけてくれる、良い奴という印象を抱いていた。まさか白瀬雪乃が好きだったとは。意外といえば意外であった。この学校の男子の半数は白瀬雪乃に好意を抱いているのでは、と錯覚してしまう。それ程までに彼女の人気は凄まじいものであった。


と、ふと視線を教室の外にやると数人の女子の中の一人が山本を見つめている。見つめているというより苦々しい表情で睨んでいる、という方が合っているかもしれない。


「また『雪女』、あんな能面みたいな女どこがいいんだが」


「山本も馬鹿だね、脈ないの分かり切っているのに。和泉今ならチャンスじゃない?傷心の山本を慰めたらコロッと行くかもよ」


名前が分からないので恐らく他クラスの女子だろう。左腕をトントンと小突かれた、山本を睨んでいた女子は「ちょっと辞めてよ」と満更でもなさそうにしている。どうやらこの女子は山本に好意を抱いているらしい。焚きつけられた彼女が、もしかしたら山本を落とすべく行動を起こすかもしれない。


そんな女子たちの会話は結構なボリュームで交わされていたが、当の山本を含む男子たちには気づかれていなさそうだ。こっちはこっちで盛り上がり、山本を元気づけるパーティーを開くとか何とか言っている。こいつら、パーティー開きたいだけではと呆れたように視線を向ける梓。


そんな女子達の会話が耳に入っていた夏樹が切り出す。


「『雪女』はともかく『白雪姫』は言い得て妙っていうか、合っているというか」


白瀬雪乃に付けられた呼び名に納得の様子である。『白雪姫』と呼んでいるのは彼女を信奉している男子、女子たちで、『雪女』と呼ぶのは彼女を敵視している女子やこっぴどく振られた男子である。『雪女』は限りなく悪口に近いと思うので、後者を広めているのは振られた腹いせだろうと推測する。色んな意味で目立っている彼女を目の敵にしている女子も呼び名を広めるのに一役買ってそうだ。


「まあ、見た目だけなら『白雪姫』みたいだし」



「おお、梓が女子を褒めた、今日は槍が降るな」


「一般論だろ、綺麗なものを綺麗と感じる感性くらい備わってる」


まるで自分に心がないみたいな物言いに言い返す。梓とて雪乃の容姿について綺麗だと思っているし、相手が先輩だろうが誰であろうが歯に衣着せぬ言い方をする点もどちらと言えばプラスの感情を抱いている。だが、それだけだ。顔立ちが整っているだけで好きになっていたら、ここまで悩んでいない。


それに学校一の有名人に、多少モテるだけの男子、関わり合いになることもないだろう。


「けど、梓がはっきり女子の事を褒めたの初めてじゃないか。少しは興味持ってるんじゃないのか」


揶揄うように訊ねられる。それを受けて梓は一瞬考えるが、否定の言葉を口にする。


「ないない、それよりこの手紙。どうするべきだ?行った方がいいのか」


話題を切り替えた梓に特に突っ込むこともなく、夏樹は何だか楽しそうにニヤついていた。


「行くだけ行けばいいんじゃね、というか聞くまでもなく行く気満々だろ」


「まあな、何の要件か知らないけど、どんな相手か気になるからな」


梓は手紙を読み返しながら、付き合いの長い夏樹にしか分からないほどに些細な変化だが微かに頬が緩んでいた。ラブレターか否かは関係なく、こんな取引先に送るような文面の手紙をわざわざ自分に出した人間がどんな奴か、気になり始めていたからだ。



*************



その日の放課後。HRが終わり夏樹に見送られながら体育館裏に来ていた梓は柄にも無く緊張していた。性別、目的に置いて一切不明な相手が来るのを待っている状態なのだ。告白の呼び出しの方がまだ冷静でいられる。手持ち無沙汰の梓はスマホを取り出し、いじっていた。先ほどから暇なのか夏樹がスタンプを連打している。正直うっとおしい。


こちらも対抗してスタンプ攻撃を仕掛けていると、人が近づく機会がする。遠くの方を見ると人影が確認できる。顔は分からないがスカートを履いているので女子確定だ。だが、もし告白だった場合断らなければいけないのが心苦しいと言う気持ちと、あの綺麗な字を書くのがどんな人物なのか早く知りたいと言う気持ちが拮抗していた。


そして、人影が顔を確認できるまでの距離に近づく。その人物は見知った顔だった。





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