第4話


女子に対する興味が無くなってはいたが、それでも同級生が両思いになった相手と仲睦まじく過ごしている姿を見て「羨ましい」と感じる程度の関心は残っていた。


それには梓の両親が関係していた。当時小さい劇団の女優だった母に一目ぼれした父は、それはそれは軽く引くレベルのアプローチをしていたと当の母から聞いていた。会社の跡取り息子で親の決めた婚約者がいたにもかかわらず母にアプローチをしていたため、当時は結構騒がれていたらしい。その辺の詳細は聞かされていないが、大きな仕事で成果を出しその婚約者との婚約破棄を承諾させたと言う。


もっともその婚約者のほうも家の使用人とひそかに恋仲になっていたため父の行動は渡りに船だったらしく、婚約破棄された途端その使用人との結婚を親に主張したとのこと。フィクションの中の悪役貴族も真っ青になる程の外道だった婚約者の両親は父の気持ちを引き留めておくことが出来なかったと娘を罵り、金目当てに大金持ちで多くの愛人を侍らせていた老人も元へ嫁がせようとして、婚約者は親を見限り恋人と駆け落ちをしてその後の消息は一切不明らしい。


その元婚約者の実家の会社はその後立ち行かなくなり倒産したとのことだ。


そして梓の両親は結婚、まもなく梓が生まれるが今でも仲が良い。今でも時々梓を置き去りにしてイチャイチャするほど熱いのである。そんな両親の姿を見て育った梓は「自分もいつか両親のように生涯を共にしたいと思えるような相手に出会いたい」と

漠然とした憧れのようなものを抱いていた。そう、抱いてはいたのだ。生まれ持った顔のせいで女子に付きまとわれ、中でも梓の都合何て考えず自分の主張ばかり押し付ける我の強い女子には恐怖心すら抱いた。だから数少ない男子の友人との付き合いを優先して告白という名の自身の押し売りを拒否していた。



そんな梓にとって佳奈とと出会いはある意味ターニングポイントともいえるものだった。短期間で終わってしまい、一応初めての恋人だったため今でも梓にとっては苦い思い出としては残っている。最後に佳奈に言われた「いつか本当に好きな人ができたら、梓くんにもわかると思う」の言葉がずっと引っかかっていた。梓が佳奈に抱いていた感情がただの友人に対する行為だとするならば、じゃあ恋愛感情って何なのだろう、と。


その後、梓は告白してきた中からクラスメートやそれなりに交流のある人間の中で数人の女子と付き合った。理由は苦手な我の強いタイプではなかったことと、付き合ってみればいずれは好きになるかもしれない、というあまり褒められたものではなかった。


それでも梓は恋人に対し誠実に振舞った。佳奈の時のように相手に迷惑になると碌に交流を持とうとしなかったことを反省し、頻繁に連絡をし予定があれば遊びの計画を立ててそれを実行した。相手も少なくとも表面上は喜んでいたと梓は感じ取っていた。


だが一カ月も持たなかった。


「先輩無理してませんか、私が必死だったから情けでお付き合いしてくれたんですよね。ごめんなさい、別れてください」


「結城くん別に私の事好きじゃないでしょ、こんなこと続けててもお互いのためによくないから別れましょう。短かったけどありがとう」


「結城って顔だけであんまり面白くなくてさー、無理してるのが伝わってきてきついから別れたわ。まあ短期間でもあの結城と付き合ったって拍が付くからいいかなって」


梓としては無理をしている自覚はなかった。しかし、好きでもないのにどうにか相手を好きになろうと藻掻いてる様は向こうからしたら重荷でしかなかったということであろう。立て続けに似たような理由で別れを告げられると流石に疲弊した。しかも短期間で別れるを繰り返したことで、結城梓は遊び人であると言う不名誉な噂が流れ以前には近づいてこなかった人種に絡まれることになった。要するに梓をアクセサリー感覚で横に置いておきたいという奴だ。


勿論断っていたが、今度はそう言った女子に好意を抱いている人間や元カレを名乗る男に絡まれると言う地獄が待っていた。流石に身の危険を感じ父親に頼みボディーガードを雇って貰った。


「モテる男はつらいって奴か」


とのほほんと笑っていた父親には割と本気で殺意を抱いた。その後は受験が近づき学校で過ごすより塾で過ごす時間が多いほど勉強に時間を費やした。出来るだけ自分の事を知っている人間の少ないレベルの高い高校に行こうとしたためだ。


知らぬ間に夏樹が梓と同じ志望校に決めていたと知ったときは流石に驚いた。


「知らない人間ばかりの環境に放り込まれたら、友達作るの苦労しそうだから」


余計なお世話だと言ってやりたくなったが、夏樹なりに梓の事を心配してくれたと言うのは分かっていた。幼なじみを傷つけた梓にそこまでしてくれるのが不思議だったが。


「あいつそんなにショック受けてなかったぞ。割とすぐに先輩かっこいいとか言ってたし。結構強かだじ柔じゃないぞ」


ハンマーで頭を殴られて様な衝撃を受けた。そんなにショックを受けてなくて安心はしたが、何だか良く分からない感情が渦巻いていた。

その張本人は陸上の推薦で高校に受かったとのことだった。元陸上部の先輩との付き合いも続いていると。幸せそうならそれでよかった。

何となくもう会わないだろうな、という確証のない予感がしていた。




その後無事二人とも合格し、自宅から電車で30分の桜坂高校に入学した。

初日から女子に囲まれて苦労はしたが、梓よりモテてしかも対応の仕方が上手い新入生がいたため女子の関心は次第にそっちに移っていった。

梓としては名前も顔も知らないその新入生が地獄に垂らされた蜘蛛の糸の如く救世主に思えた。



そしてもう一人有名人がいた。女優顔負けの美少女で、入学初日から上級生に告白されていた。在校生の中でもトップクラスに人気のあった先輩だという。その先輩は余程自分に自信があるのか、面白がった群集ギャラリーを引き連れて中庭で告白していた。振られたらかなりの大恥をかくにもかかわらず、あまりに大胆な行動に梓は名前も知らない先輩の事を尊敬の眼差しを向けていた。

そしてそんな人気でイケメンの先輩に告白された彼女は。


「お断りします。興味がないので」


それだけ言い残すと呆然とする先輩を置き去りにして去って行ったと言う。



見ている方が震えあがるほどにバッサリと切り捨てた彼女の名前はすぐに知ることになる。


「新入生代表、白瀬雪乃」



そう呼ばれた彼女は壇上に上がった。そして静まり返った全校生徒がざわつき始める。

漆黒の黒髪は手入れが行き届いているのか光沢を放っているし、長い睫毛に縁取られた大きな瞳は色の薄い茶色、雪のような真っ白な肌は肌荒れなぞ知らないような滑らかさ。作り物めいた人形のような美しさを放っていた。ざわついていた生徒たちがあまりの美しさに息を呑み、シーンと静まり返った。



つつがなく入学式が終わるとクラスの男子の殆どは隣のクラスのドアや窓の前に集まっていた。白瀬雪乃がそのクラスにいたからである。男子からは熱のこもった、中にはねっとりとしたようなまとわりつく眼差し、反対に女子からは羨望、嫉妬の入り混じった複雑な眼差しを向けられているにも拘らず、全く気にする素振りを見せずに読書に勤しんでいた。本を読む横顔すらも絵になる美しさだった。恐らくこういった状況に慣れているのだろう、ここまでではないが梓にも経験があったからだ。


彼女、白瀬雪乃はその容姿と名前から「白雪姫」という呼び名が付けられていた。本人がどう思っているかは分からないが、結構恥ずかしい呼び名であった。梓であったら耐えられないところである。そしてそんな「白雪姫」にアプローチをかける新入生、先輩共に絶えなかった。だが.全員もれなく死んだ目で少し痩せこけて戻ってくるのだ。



「あなた誰ですか、クラスメート…初めて知りました。お断りします」



「先輩ですか、特に関心がないのでお断りします」


「付き合って欲しい…私にとってお付き合いすると言う行為にメリットを感じることが出来ませんのでお断りします」


相手が先輩だろうが同級生だろうがお構いなしに切り捨て相手の心をへし折り、その場の空気を氷河期の如く凍り付かせる。


「白雪姫」の他に彼女についたもう一つの呼び名



「雪女」






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