第3話

彼女と付き合っていたことは誰にも言っていなかったため、別れた後も特に何か変わったところはなかった。強いて言うなら、彼女が梓に話しかけることはなくなったことだろうか。こちらから話しかければ答えてはくれるが、当たり障りのない会話をしてすぐ友人たちの輪に戻ってしまう。あからさまというわけではないが、自分のことを避けているというのは鈍い梓にも分かった。


別れる時に彼女は友達に戻ろうと言っていた。梓は彼女と以前のように友達として付き合っていきたいと思っていたが、彼女のほうは友達に戻る気はさらさらないということも気づいていた。


「梓あいつとなんかあったん?最近全然喋ってないじゃん」


二週間ほどだった頃、彼女の幼馴染の夏樹が心配そうに聞いてきた。付き合っていることには全く気づかなかったのに変なところで勘が鋭い奴である。いくら幼馴染とはいえ、これまでのことを言う気にはなれなかったから適当にごまかしておいた。夏樹は彼女にも自分と何かあったのか聞いたらしいが、同じように誤魔化されたらしい。納得の出来ない夏樹は梓からも聞き出そうとしたが、頑なな態度から何かを察したらしく、これ以降彼女とのことを聞いてくることはなかった。


それでも時々彼女のことを報告してくることはあった。家族ぐるみの付き合いらしいので情報が早く入ってくるらしい。


彼女が元陸上部の先輩と付き合い始めたことを知ったのはすっかり肌寒くなった12月の頃だった。


いつものように那月と帰っていたとき、そういえば、と話し始めた。


「佳奈、元陸上部の先輩と付き合うってさ。昨日言われた」


「……そうなんだ」


不思議と何の感情も湧かなかった。仮にも付き合っていた相手に新しい恋人ができたとき、ショックを受けるなり何か感情が沸くと漫画で読んだことがある。

ここで彼女の言っていた「私のことが好きじゃない」の意味がわかってきた。梓が恋愛的な意味で彼女を好きだったのなら、彼女に新しい恋人が出来たと知ったとき相手の男に嫉妬のような感情を抱くのだろう。しかし梓にはそんな感情は湧いてこなかった。未練も何もない、初めから「好き」じゃなかったのだ。


彼女に好意を抱いていたのは本当だ。だがそれは恋愛感情の好意ではなく、あくまで友達としての好意だったのだろう。友達に彼氏彼女が出来たとしてショックを受けることはあっても、交際相手に嫉妬することはない。


「反応薄いなー。仮にも元カレだろ。なんか思うことないのか?」


「……気づいてたのか」


「佳奈がお前のこと好きなのは知ってたからな。付き合い始めたのも何となく雰囲気で。付き合ってるの隠してるっぽかったから、黙ってたけど」


変なところで鋭いと思っていたけど、想像以上に鋭かった。もしかしたら別れた理由も気づいているんじゃ、と思ったが流石にそれはないか。いや、このままこの話題で話していたら、流れで言ってしまうかもしれない。


「まあ長続きしないとは思ってたけど。二カ月は持った方じゃないのか」


「…え」


言われた言葉の意味が気になった。長続きしないと思っていたとは、どういうことだろうか。戸惑いを隠せない梓に対し夏希が説明する。


「いや、あいつはお前の事恋愛的な意味で好きだって分かりやすかったし付き合い始めの頃凄く楽しそうにしてたぞ、けどお前は楽しそうじゃなかった。何となく義務感?で付き合ってる感じがしてた。色々助けて貰った恩を恋愛感情と勘違いしているんんだろうなって。一方通行のカップルが長続きしないのは当たり前だろう」


「…」


彼女と付き合っていた二カ月間、梓なりに楽しいと感じていた。学校では普段と同じようにしか話せないし休日も会える日は少なかった。自分から積極的に誘おうとしなかったのも事実だ。だがそれも相手の事を考えての事だ。大会も近かったし陸上の推薦を狙っていた彼女をむやみやたらに遊びに誘うべきではないと思っていた。


だが、それも彼女にとっては大きなお世話だったのか。遊びにも誘わない彼氏が自分のことを好きではないと疑うのは至極当然だ。

神妙な顔つきになった梓を夏樹は労わる。


「そう落ち込むな。佳奈のこと好きになれなかっただけで、いつか梓にも好きな相手が出来るはずだ、いつかは知らんけど」


「慰めているのか、それ」


目を細め軽く睨みつけるが当の本人は涼しい顔だ。


「だって基本人に興味ないだろ、いや人にいうか女子にだな。知り合った頃から感じてたけど梓女子と話している時つまらなそうだぞ、まあ気づいたの俺くらいだろうけどさ。だから佳奈とはそれなりに楽しそうにしてたから安心してたんだけど」


この男どれだけ人の事を見ているんだ、と背中が薄ら寒くなってくる。だが、言わんとすることは分かる。幼い頃からこの見た目のせいで女子に囲まれることが多かったし、トラブルにも事欠かなかった。小学校の頃は自分に好意を寄せる女子が乱闘騒ぎを起こし、その元凶だとして梓まで先生に叱られたのは苦い記憶だ。


それ以来女子に対し苦手意識を抱いてしまい、それまでは愛想よく振舞っていたのを辞めわざと興味を無くすように冷たくあしらうようになった。顔だけ良くて当たりがきつい男への興味なんてすぐになくすと踏んでのことだ。


結果として自分を取り合って乱闘などどいう騒ぎに発展することは無くなったが、それでも騒いだり付きまとう女子は後を絶たなかった。あの冷たい眼差しが良い等どいう良く分からないことを言う人間もいた。そんなこんなで今の女子に関心のない結城梓という人間が形成された。


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