【第106話:違和感】

 一〇数匹の蟻の魔物を倒したオレたちは、散らばった魔晶石を回収すると、ユイナのアイテムボックスに収納してもらい、そのまま奥へと進んでいた。


 昨日も戦った相手な上に守る者もおらず、数も半数以下だったので、文字通り蹴散らした。


「ん~……緊張して第二階層に降りてきたけど、なんだかあんまり代わり映えしないね」


「地面も壁も材質は同じっぽいしなぁ。ちょっとせまなったぐらいやな」


 第二階層も壁や床などの材質は、第一階層とあまり変わりはない。

 ただ、第一階層がとてつもない広さの一つの部屋だったのに対し、第二階層は馬車四台が並んで走れる程度の大きな通路になっていた。


「せっかく今のところは順調なんだし、ボクはずっとこのままでも良いけどね~」


「まぁ、この程度の魔物に後れを取ってたら話にならんわな」


 二人の会話に参加せずに黙っていたからだろうか。

 メイシーが不意にオレの方を見て話しかけてきた。


「そうだな……」


 まだ階層も浅い事もあり、オレたちは周りを警戒しつつも、軽く会話をしながら歩いていた。

 だけど、オレは何かが頭に引っかかており、それなのにそれが何かわからず、一人もやもやとした気分だった。


「なんや? 考え事か?」


「いや。考え事ってわけではないんだが……」


「まぁなんや。話したい事あったらいつでもいいや」


「あぁ、ありがとう。メイシー」


 どうやらメイシーに気を使わせてしまったようだ。


「ボ、ボクもいつでも相談にのるからね! あっ、今のうちに全属性耐性ブースト掛けなおしておくよ」


「ははは。ありがとう。ユイナ」


 しかし、オレの引っかかりは杞憂だったようだ。

 その後も予定通り順調に進み、何体かの低ランクの魔物と出くわしただけで、特に問題などは起こらなかった。


 魔物に変わった所は見受けられない。

 遭遇回数も妥当だし、魔物の種類や強さも、予め冒険者ギルドで聞いた内容と変わりはないように思う。


 それに、迷宮についてもおかしなことは起こっていない。

 罠などもないし、ギルドで確認した通りの道を順調に進んでいる。

 もうすぐ第三階層へと下りる階段へとたどり着くだろう。


 なにも問題ない。

 おかしなところなど何も無いはずだ。


 そして半刻後……。


「あっ! 階段だよ!」


 ユイナの嬉しそうな声を聞き、オレは何も起こらなかったことにホッと胸を撫でおろしたのだった。


 ◆


 階段前で軽い休憩をとった後、オレたちはいよいよ第三階層へと足を踏み入れた。


 第三階層は、第二階層と見た目はほとんど変わらない。

 出現する魔物の種類もほぼ同じで、変わるのはその強さの分布ぐらいだそうだ。

 第二、第三階層では、どちらも魔物はCランクの魔物までしか出ないそうなのだが、第二階層ではあまり出現せず、第三階層に踏み入れると低ランクの魔物が減って、代わりにCランクの魔物の出現頻度があがるのだ。


 見た目も出現する魔物も大きく変わるのは第四階層からで、今のオレたちの強さなら、この階層の敵なら余程の油断をしない限りは、怪我すらせずに完勝できるだろう。


 オレが頭の中でギルドで調べた内容を思い出していると、さっそくそのCランクの魔物が現れたようだ。


 第三階層の最初の角を曲がってすぐ、その魔物は待ち構えていた。


「また蟻の魔物だね」


「確かに同じ蟻の魔物やけど、でも、あれは上位種の『キラーアントナイト』やな。通常のキラーアントよりはるかに硬い外殻と凄まじい切れ味の顎を持ってたはずや。うちも実際に戦うのは初めてやけど……Cランクの魔物の中でもかなり上位に属してたはずや。油断はなしやで!」


「じゃぁ、あのゴブリンジェネラルに近い強さの魔物ということか……」


 もちろんあの強力な変異種ほどではないだろうが、その分、ここから見えるだけで一〇匹を超える数だ。

 油断して良い相手ではないだろう。


「トリスくん」


「あぁ、念のためブースト状態で倒す」


 ユイナの言いたい事はわかったので、オレは魔法鞄から素早く仮面を取り出すと、そのまますぐに装着した。


 漲る力に、湧き上がる魔力。

 一瞬、全能感に身を委ねたくなるが、さすがにもう慣れてきた。


 オレは身体の動きを軽く確かめると、そのまま魔剣を引き抜き、正中に構える。


「ちょっと練習がてら、オレの本気に付き合って貰うぞ」


 呟きと共に深く深く集中していき……。


「『音無しの歩み』」


 一瞬で彼我の距離をゼロにした。


「まずは一匹」


 すれ違いざまに水平に魔剣を振るい、頭と胴を上下に二分すると、その場でひらりと回転しながら身をかがめ、伸びあがる勢いを利用して、さらに身体を斬り上げた。


 靄になって消えるのを待たず、すぐさま地面を滑るように移動すると、さらに二匹目へと斬りかかる。


「二匹目」


 オレの姿を見失った個体の後ろへと回り込み、


「炎よ」


 大きな体を包み込む、巨大な火柱で焼き尽くした。

 このまま三匹目に斬りかかりたいところだが……オレは独りじゃない。


「トリスくん!」


 ユイナのその声と同時に『音無しの歩み』で壁際まで下がると、眩い光がオレの横を通り過ぎていく。


 この通路を埋め尽くすような光の矢による飽和攻撃。

 ユイナの『閃光』が一〇匹近い魔物を一気に屠ったと思うと、その直後、隙間を埋めるように現れた後続のキラーアントナイトが、今度は数匹纏めて吹き飛んだ。


「……倒した魔物を数えるのは、よそう……」


 基本的に、対多数だとユイナは圧倒的に強い。

 それにメイシーの魔球も、通路での戦闘は不向きかと思っていたら、纏めて吹き飛ばすので意外と強い。


 とりあえず、仲間が頼りがいがありすぎるのは喜んでおこう……。


 オレは魔球が引き戻されるのと入れ替わりに踏み込むと、残りわずか三匹となった魔物へと斬りかかったのだった。

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