【第99話:戦いの重み】

「ぅぅ……ぼ、ボクちょっと……ごめん……」


 ユイナがそう言って、草むらの方へ駆けていった……。

 戦いが終わり、辺りには異臭が立ち込め、人だったものの亡骸がそこかしこに散乱している。


 ユイナが気分を悪くするのも当然だろう。

 ザリドは大丈夫だが、部下の騎士の中にすら、朝食をもどしてしまったものもいるのだから……。


 まぁ、オレたちの代わりに亡骸を調べ、何か身元を示す証拠になるようなものや、なんらかの手がかりがないか、探してくれていたので仕方ないだろう。


「トリスっちは、大丈夫か?」


「あ、あぁ……さすがにこれを見て冷静とは言えないが、大丈夫かどうかと言う気持ちより……なんだろうな……それよりは憤りと言うか、怒りを覚えるかな」


 そして脳裏に浮かぶのは、先日戦ったユウマという召喚者の男の顔だ。

 敵として現れた男だし、話したのもほんの僅かだ。

 しかしユウマは、同じ召喚者のヤシロと言う男に魔族にされた上に、最期はそのヤシロ自身の手によって止めを刺されてしまった。


 そう……殺されたのだ。


 だから、さっきの丸薬を配ったのがヤシロだと言うのならわかる。

 それなのに、あいつらはユウマ様・・・・と言っていた。


 ユウマが殺されたのが、単に末端まで情報が伝わっていないだけかもしれないが、それにしても「ユウマ様万歳」とか言っていたし、何か違和感を感じる。


 ヤシロがユウマに命じて丸薬を配った可能性もあるが、ユウマを崇拝させるような形に持っていくメリットはなんだ?


 だめだ……聖王国の内情が読めないな……。


 違和感を感じるのに、それが何なのか、どうしてかがわからない。

 その事に少し歯痒い想いをしていると、復帰したユイナが声をかけてきた。


「ん? トリスくんどうしたの? らしくない、考え事? 険しい顔して」


 どうやら少し元気になったようだが、らしくないとは失礼な……。


「オレだって、色々考えてるんだよ……それよりユイナはもう大丈夫なのか?」


「ははは。ユイナっち、スッキリしたか? 口直しに酒でも飲むか~?」


 そう言って魔法鞄から一本の酒瓶を取り出してみせるメイシー。


「い、いりませんよ。ボクをだしにしてメイシーさんが飲みたいだけでしょ?」


「なんや。ユイナっちの癖に鋭いやん……」


 そう言って、渋々といった動きで魔法鞄に酒瓶を収納する。

 たぶん場を和ますためのメイシーらしい気遣いだろう。

 まぁただ、上手くいけば間違いなく本当に飲んでいただろうけど……。


 仲間とそんなやり取りをしていると、ザリドが声をかけてきた。


「トリス殿! こっちに来て頂けないか!」


 オレたちは顔を一瞬見合わせると、頷きあい、ザリドの元へと駆けていく。


「なんや? ザリドっち、なんか見つけたんか?」


「はい。あ……ユイナ殿は、ちょっと見ない方がよろしいかと……」


 半分瘴気となり、死ぬことで靄となってその部分が消失したため、その亡骸は中々直視するのがキツイ状態になっている。

 ザリドが言うように、ユイナには厳しいものがあるだろう。


「ぼ、ボクも行く! だって、ボクにはその責任があるから!」


 もちろんその後、チラッと見えた瞬間にユイナが卒倒して倒れたのは言うまでも無い……。


 ~


「とりあえずユイナっちは、あんま無理せんでええからな」


「うぅ……ごめん……」


 ユイナを少し休ませたあと、それでもついていくという事だったので、オレたち三人は、ザリドに連れられてとある場所までやって来た。


 恐らくかなり無理をしているのだろうが、鑑定眼が役に立つかもしれないというユイナの言葉もまた確かだったので、了承するしかなかった。


 しかし、ザリドに連れてこられたのは、魔族化する前にメイシーが魔球で吹き飛ばして倒した者の所だった。


「見て下さい。これを……」


 ザリドが見えやすいようにと、横へと移動すると、そこには小さな丸い何か石ころのようなものが転がっていた。


 しかし……それが、ただの石ころでないのは一目でわかった。


「これって……奴らが言っていた『丸薬』って奴か?」


「おそらく、そうやろうな。奥歯にでも仕込んでたのが、うちの魔球を喰らって吐き出されたってところちゃうか」


 メイシーの推測に間違いないだろう。

 感覚的なものでしかないが、今、まだブーストの溶けていないオレの強化された感覚が、ここに瘴気と同じような不快なナニカを感じ取っている。


 そしてそれは、次のユイナの言葉で証明された。


「えっと……これは『半魔の堕薬はんまのだやく』って言うみたい……」


 どのように判定しているのかオレにはわからないが、ユイナが召喚者の技能である『鑑定眼』を使って調べた結果を教えてくれた。


「強制的に人を魔族と化する禁じられた秘薬。人が口にすれば魔族に近い力を手に入れる事が出来るが、その効果時間は短く、効果が切れると同時に体は崩壊する……」


 ユイナは出来るだけ平静をよそおって淡々とそう述べると、そのまま俯いて黙ってしまった。

 きっと、優しいユイナの事だから、心を痛めているのだろう。


「ユイナ……大丈夫か?」


 昔、妹のミミルによくしていたように、ユイナの頭に手を置き、そっと撫でてやる。


「うん……ありがと……」


「ユイナっち、よう頑張ったな。しかし……これをどうしたものかな。あんま触りたくないとこやけど、このまま放置しておくわけにも……って、あぁぁ!?」


 メイシーが叫んだ瞬間だった。

 その『半魔の堕薬はんまのだやく』は、まるで魔物が倒された時のように、一瞬で靄となって消えてしまった。


「あぁ~ぁ……消えてもうた……。まぁ、処分で頭を悩まさずに済んで良かったって、思っとく事にしよか……」


「はは。そうだな。証拠として回収出来なかったのは痛いが、これのせいで身内に何か起こっても恐ろしいしな」


 何度も人が魔族として堕ちていく姿をこの目で見てきたが、もし見知った人が、そのような事になったらオレは耐えられるのだろうか……。

 一瞬恐ろしい事を想像してしまい、オレは頭を振って、慌ててその考えを振り払った。


 今までも召喚者たちとの戦いはあったが、単純な魔物との戦いとは違う、人と対峙することの重みを感じさせられる、後味の悪い戦いだった。


 その後、いくつかの遺留品を回収し、亡骸を埋葬すると、オレたちは気持ちを切り替え、迷宮都市へと向けて歩みを再開するのだった。

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