【第94話:強くならなければ】

 冒険者ギルドで手続きを終えたオレたちは、メイシーの提案で王都の名所に寄ってから宿に帰った。


 ただ、メイシーの言う名所というのが、王都で有名な魔道具工房だったり、鍛冶屋だったりしたので、盛り上がっているのはユイナとメイシーの二人だけだったが……。

 ちなみに、ユイナがぽろりとこぼした「これで魔改造できる!」の一言が心配で仕方ない。


「それで、今日はもう後は寝るだけとして、明日はどうする?」


 宿『精霊の涙亭』一階の食事スペースで夕食を終えたオレたちは、メイシーのお酒に付き合う形で、そのままその場で明日からの予定を話し合っていた。

 小さな宿なので、今日はオレたち以外に宿泊客はおらず、貸し切り状態だし、この場で話をしても問題ないだろう。


「そやなぁ。うちはたまにはゆっくり休んだ方が良いと思うんやけど、トリスっちは、どうせ鍛錬したいとか言うんやろ?」


「う……まぁ、できればそうしたい、かな……」


 なにか簡単に心の内を見抜かれて恥ずかしい……。


 しかし、オレはもっと強くならなければならない。

 そのためには、今のこの力をもっともっと使いこなせなければいけないし、技も磨かなければいけない。

 それに、あの力を解放した状態でも、失われた剣技をふるうには、まだ体の仕上がりが不十分だった。


 二人はただ魔剣を持っているだけでも体が常時鍛えられているとは言うが、それだけでは、また魔族との戦いになった時に、鍛え方が不足していて後悔するかもしれない。

 そう思うと、なんだか居ても立っても居られなかった。


「しゃぁないなぁ。まぁユイナも光魔法をもっと練習せなあかんし、明日から出発の日までは、郊外の森にある知り合いの家で練習しよか。さっきギルドで手紙だしておいたから、今日中には届いてるやろ」


「な~んだ。ボク、さっきメイシーさんがギルドでこそこそして手紙出してたから、恋人宛てとか思って期待しちゃったよ~」


「そ、そんなんちゃうわ!? うちの遠い親戚やし、そもそも女の子や!」


 意外だが、こう見えてメイシーは色恋ざたの話が苦手らしく、話をふると異様に照れるので、こうやってたまにユイナにからかわれている。

 まぁだからといって、ユイナがそういう話に強いわけではなく、話をふりかえされると顔を真っ赤にしているのだが……。


 だが、こうして明日からの予定は決まり、オレたち三人は王都で羽を伸ばすこともなく、毎日門が閉まるぎりぎりまで、激しい鍛錬をこなしたのだった。


 ~


 そして王都を出発する朝。

 宿でセシルーナとの別れを済ませたオレたちは、北側の門前広場へと向けて歩いていた。

 ちなみに、オレが食事の席で何気なく「ソラル豆のお菓子が食べたかった」と言ったのを聞いていたようで、お土産にユイナ曰く「ぽっぷこーん」そっくりだというお菓子をくれたので、後で馬車の中で食べるのが楽しみだ。

 前にミミルたちを連れてソラルの街に行った時に食べ損ねたからな……。


 オレがそんな風にどんな味なのかと想像しながら歩いていると、程なくして門前広場が見えてきた。


「わぁ~! 広~い! しかも、すごい数の馬車だね!」


 そして到着してすぐ、ユイナが思わずそう叫んでしまったように、オレも北側の門前広場のその大きさに内心驚いていた。


「オレも北側は初めて来たけど、南側よりかなり広いな」


「なんや? トリスっちも初めてかいな? 行商の馬車は国の北側をまわるものが多いから、こっちもそれに併せて大きく作られたそうやで」


 なるほど。たしかにこのエインハイト王国の主要な大都市は、北側に多かったはずだし、そういうことなら頷ける。


「しかし、これ……さがすの大変そうだね……」


 ユイナが思わず、小さくため息を吐きながらそう言ったように、これは目当ての馬車を探すのが結構大変そうだ。

 それほどに、馬車も人もごった返していた……のだが。


「あぁ~、それなら大丈夫や。侯爵家の馬車って言ってたから、たぶんあっちの貴族用のスペースに停まってるはずやし、そっちは馬車の数もしれてるやろ」


 メイシーがそう言って指をさす方を見ると、確かに商人の馬車とは少し造りの違う馬車が、数台だけ停まっていた。


「なるほど。あの中の一台ならすぐに見つけられそうだ」


「あっ! トリスくん! あれじゃないかな? ほら、黄色い旗!」


 そして、その考えは正しかったようで、目当ての馬車はすぐに見つかった。


 その馬車は、スノア殿下の魔導馬車と比べれば見劣りこそするものの、造りはかなりしっかりしており、要所要所に施された装飾と相まって、周りに並ぶ貴族のものと思われる馬車より、ワンランク上に見えた。


「ん? お前たちが護衛の冒険者か?」


 ギルドで教えて貰った紋章の黄色い旗を掲げる馬車に近づくと、オレたちの行く手を遮るように使用人風の男が声をかけてきた。


「はい。依頼をお受けした『剣の隠者』です。ダン侯爵様の家の方ですか?」


 オレがそう訪ねると、その男は少し値踏みするようにオレたちを見つめてから、


「……そうか、お前たちが……。念の為にギルドカードを見せてくれ」


 と言ってきた。

 この依頼の真の目的を知っているのは、ダン侯爵様だけで今回参加する者たちは、詳しいことは聞かされていないらしいので、きっとどうしてこんな奴らをと思っている事だろう……。

 まぁそれでも、オレたちが実際は護衛ではなく護衛対象だと言うのは聞かされているようで、ギルドカードを確認するとそのランク、特にメイシーのランクに驚きながらも納得してくれた。


「うむ。間違いないようだな。それでは、さっそく出発する。一人が御者の隣に護衛のふりをして座ってもらい、残りの二人は中に乗ってくれるか」


「あぁ、それならうちが最初に御者台に座るわ。ちょっと風にあたりたい気分やねん」


 誰が最初に御者台に座ろうかと相談しようとしたところ、メイシーがそんな事を言ってきたので、最初はオレとユイナが馬車の中に乗ることになった。


「それでは、迷宮都市ガイアスに向けて出発する。実際は後続の馬車にうちの家の騎士が乗っていて、そのものたちが護衛をするから、君たちはゆっくり旅を楽しんでくれ」


 どうやら、この馬車だけでなく、もう一台馬車が用意されていて、しかも騎士が護衛についていると言うことらしい。


 ただ、オレはそのことに頼もしさを感じるよりも、そこまでしなければいけないほど危険な状況なのかと、気持ちを引き締めたのだった。

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