【第95話:宿場町】

 王都を出立して、三日が過ぎようとしていた。

 幸いなことに、当初のオレの心配をよそに旅程は順調だった。

 それに、昨日も一昨日も街の宿でしっかりと睡眠をとることができたおかげか、体調も万全だ。


 だが、この三日目の夕刻、今日の宿を取るために立ち寄った宿場町で、少し問題が起きた。


「三軒とも空きがないだと?」


「はい。何か大きな商隊が全ての部屋を抑えてしまっているようで……」


「くっ……タイミングが悪いな……」


 ザリドは御者を装ってはいるが、この一行に参加している騎士の小隊をまとめる隊長だ。

 この三日間でだいぶん仲良くなったそのザリドが、部下からの報告に少し大きな声を上げたのが気になり、何があったのかと尋ねてみた。


「どうしたんですか? ザリドさん?」


「トリス殿。実は泊まろうと思っていた宿だけでなく、ここの全ての宿の部屋が埋まっているらしく……」


 ここは街道沿いにある小さな宿場町で、宿が三軒しかない。


 スノア殿下のような上位貴族だと、先触れを出して次に泊まる宿は押さえておいたりするのだが、オレたち『剣の隠者』のような冒険者にはよくあることだ。

 まぁもちろんオレ自身にはそんな経験はないので、聞いた話だけど……。


「こればっかりは仕方ないですし、オレたちは野宿でも構いませんよ。テントなども持参していますし」


「え? テントって、その小さな荷物の中に入っておられるのですか?」


 しまった……テントはユイナのアイテムボックスに収納して貰っているので、今オレたちは最低限の手荷物しか持っていない。


 しかし、一瞬言葉に詰まっていると、ユイナが助け船を出してくれた。


「と、トリスくん! 魔法鞄ってホントに便利だよね~!」


 そうだった。

 オレも母のマムアに魔法の鞄を貰ったので、別にテントを持っていても不思議ではないんだった。


「そ、そうだった。テント忘れてきたかと思いましたが、魔法鞄にいれたんでした。はははは」


「おぉ~! 魔法鞄をお持ちとは、さすが何か理由のある冒険者ですねぇ」


 この三日間でザリドとは仲良くなったのだけど、オレたちは秘密が多く、そのため口を濁すと、ことあるごとに「わかっていますよ」と言った感じで何度も頷く彼は、絶対に変な風に誤解をしてしまっている……。


 まぁ実際に『仮面の冒険者』としての一面があるし、ユイナも召喚者なので間違いではないのだが、彼の中でのオレたちの秘密にたいする期待感が上がっていっているのは間違いなかった。


 ザリドは話してみるとすごく良い人だったのはいいのだけれど、真面目そうな見た目に反して、かなりミーハーな人だった。


「そ、そんなことより、どのあたりで野営をしましょうか?」


 ここは宿が三軒しかない小さな宿場町だが、一応、魔物対策として丸太の杭を打ち込んだ防護壁で囲まれており、中で野宿すればいくらかは安全だ。

 もう一台の馬車も含めると六人の護衛がいることになるわけで、よほどの事がない限り大丈夫だろう。


「あぁ、そうですね。失礼しました。後ろの者たちと相談して場所を決めてきますので、少しここでお待ちください」


 そして、ザリドの姿が見えないのを確認すると、


「ユイナ。悪いけど、テントを出しておいてくれないか」


 と、振り返ってユイナにお願いする。


「もう出してそこに置いてるよ。でも、今日はベッドで寝れないのか~」


 ユイナはそんなことを言っているが、前に聞いた話では、かなりふかふかの大きな毛布をアイテムボックスにいれているようなので、下手な宿で寝るよりもきっと寝心地は良いはずだ。

 オレの分も買っておいてくれているようだけど、別々のテントだし、見つかると説明が面倒なので、オレは薄手のマントにくるまって寝るつもりだ。


「うちは雨さえ降れへんかったら、星空の下で火を囲んで雑魚寝が好きなんやけどなぁ」


「あぁ、そう言うのもいいなぁ~」


「えぇ……ボクはテントに引きこもりたいな……」


 そんな会話をしていると、ザリドさんが戻ってきた。


「お待たせしました。あちらにちょうど馬車二台並べて止められて、テントも張れそうな場所を見つけましたので、そこへ移動しましょう」


 こうしてオレたちは宿場町のはずれに馬車を止め、皆で野営をすることになったのだった。


 ~


 その後、テントの設営などを終えたオレたちは、皆で交代で食事に行くことになり、今は『剣の隠者』のメンバー+小隊長のザリドの四人で、宿の食堂を利用させて貰っていた。

 泊まる部屋は確保できなかったが、食事は問題ないと言うことだったので、ありがたく利用させて貰うことになったのだ。


 正直、あまりお世辞にも旨いとは言えないような料理だったのだが、暖かいスープと焼きたての肉を食べられたので、少なくともオレは満足していた。


 そして、食べるのが遅かったユイナもようやく最後の一口を口に放り込んだ。


「うぅ……この肉料理に使っている香草なんだろ……ボクはちょっと苦手だよ

 ~」


 そう言いながらも綺麗に残さず食べていたのだが、これはユイナが食いしん坊という事ではなく、作ってくれた人に悪いからといった感じのようだ。

 ユイナらしいと言えばユイナらしいのだが、そこまで無理しなくてもと同情するほど気持ち悪そうに食べていた……。

 だから、相当無理をして食べていたのだろう。

 食べ終わってからも気分が少し悪そうだったので、食後に軽くお酒でも飲んでから戻ることになった。


 酒を飲むのは主にメイシーだけだが……。


 しかし、気分良く野営地に戻ったオレたちを待っていたのは、破壊された馬車と、血を流して倒れている護衛の騎士たちの姿だった。

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