【第79話:王国一の使い手】

 オレの胸の中で泣き続けるスノア殿下。

 初めて見せるその弱々しい姿に、オレはどうして良いか分からず狼狽えてしまうが、しかし気が付けば、すすり泣くたびに小さく揺れるその身体を、そっと抱きしめていた。


「……スノア様……」


 思わずこぼれたその呟きに、スノア殿下が顔をあげる。


「どうですか? まだ痛みますか?」


 スノア殿下のその言葉で、オレはそこで初めて既に回復魔法がかけられている事に気付いた。

 魔剣との魔力同調によって、痛みなどが遮断されていた為に気付くのが遅れたが、スノア殿下は、オレに抱きつくと同時に最高位の回復魔法をかけつづけてくれていたようだ。

 肩に負った致命傷も既にほとんど治りかけている。


「スノア様……ありがとうございます」


 さすがはエインハイト王国最高の聖属性魔法の使い手だ。

 いや、もしかすると王国の長い歴史の中でもここまで息をするかのように聖魔法を発動できるのは、スノア殿下が初めてかもしれない。


 無詠唱で発動させた回復魔法は、骨にまで達していたはずの肩の傷を完全に塞ぎ、全身に負った全ての傷を治癒。

 さらには、ここまでの戦いで消費した体力までもを完全に回復していた。


 あらためてスノア殿下の聖魔法の凄さに感心していると、何かを呟く声が聞こえた。


「……つぎ……」


 スノア殿下のその呟きに、視線を下に向けたその時、


「ひぇ? ……す、すにょあさま……?」


 頬を力いっぱい引っ張られた。

 魔剣との魔力同調をしていなければ、結構な痛みだったかもしれない……。


「次、こんな事したら、ぜぇぇぇったいに許しません!!」


 そう叫びながら、オレの頬を思いっきり抓るスノア殿下に、もう一度「すひません」と謝っておく。


「本当に、次、このような事をしたら、絶対に許しませんからね!」


 目に涙を貯めたスノア殿下に、もう一度、今度はちゃんと謝罪の言葉を口にする。


「……すみませんでした……」


 本当なら、謝罪だけでなく、スノア殿下にもっとちゃんと感謝の言葉を伝えたいところだが、まだ大物が残っている。

 この戦いに勝ち、その後でしっかりと礼をしようと、気持ちを切り替えた。


「そ、それで、なぜスノア殿下がこんな所に? しかも『天空の騎士団』まで……」


 頬をさすりながらオレがそう尋ねると、スノア殿下は炎を纏った魔族の方をちらりと見てから、話し始めた。


「わたくしが王都に帰ってすぐの事です。星詠み……トリスに隠しても仕方ないですね。マリアーナ姉さまが、仮面の冒険者に……トリスとユイナに危険が迫っていると……」


 スノア殿下の姉である第一王女のマリアーナ殿下が星詠みだと言うのは、本当は秘匿事項らしいのだが、オレは子供の頃にスノア殿下がうっかり漏らしたことで既に知っていた。


 ただ、今思い返すと本当に「うっかり」だったのか少し怪しいが……。


「オレに危険が……ですか? そんな事まで……」


 手短に話を聞いてみると、王都に帰るなりマリアーナ殿下がスノア殿下の部屋に駆け込んで来たそうだ。

 そして、仮面の冒険者……オレとユイナの身に危険が迫っており、もしここで二人を失えば、この国やこの世界の未来に大きな陰りが見えると告げられ、二人で父に直訴しにいったらしい。


 どうも話の感じから、直訴などという体裁からは大きく逸脱して、かなり強硬なものだったようだが……。


 そして、結局王国に10騎しかいないグリフォンのうちの半分にあたる5騎のグリフォンまで引っ張り出し、それを操る天空の騎士団の騎士5人と、スノア殿下、そして青の騎士団の騎士も何人か連れて、ここまで強行軍で飛んで来たという事だった。


「でも、わたくしたちが駆け付けた時には、既に魔物たちに街が飲まれそうになっていて凄く焦ったのですよ。しかも、私のギフトで確認したら、トリスの未来が消えかかっていましたし……」


 そう言ってまた涙目になるスノア殿下の横顔に、オレは不真面目にも少し見惚れてしまった。

 上目遣いに「トリス?」と不思議そうなその問いかけが無ければ、もう少しそのままだったかもしれない。


 どう誤魔化そうかと思っていると、ここで事態から置き去りにされていた二人の女性・・・・・から、抗議の声を受けてしまった。


「とり……じゃなく、仮面のにいやん!! す、スノア殿下と、どど、どういう関係やねん!?」


「スノア殿下!! 何を勝手に飛び降りて駆け出してるんですか!? ここは戦場なのですよ!?」


 一人はすぐ横でさっきまでポカンと口をあけて放心していたメイシー。

 もう一人は、名前までは憶えていないが、天空の騎士団で唯一の女性騎士だ。


「そ、それから! そこのあやしい仮面の男! 今すぐスノア殿下から離れなさい!」


 そして女性騎士の方は、駆けながら何か詠唱したかと思うと、氷の槍を創りだし、オレに向けて今にも突撃してきそうだった。


「シャーミア! この方は仲間ですよ! 仮面の冒険者が英雄制度で認定されたのはあなたも知っているでしょう?」


 スノア殿下のその言葉に「この者が?」と、少し疑わしそうな目を向けてきたが、一応は構えを解いてくれた。


「それよりシャーミア。あの炎の巨人を空から牽制出来ますか? この者にはもう一人の仮面の冒険者の力が必要なのです。ロイスに連れてくるように命じましたが、それまで何とか時間を稼いでください」


「はっ! 時間稼ぎだけなら問題ありません! ちなみに、勢い余って倒してしまっても、よろしいでしょうか?」


「ふふふ。倒せるのならもちろん構いませんが、優先すべきは時間を稼ぐ事だという事を絶対に忘れないように」


「はっ! 心得ております!」


 スノア殿下に承諾の意を示すと、天空の騎士シャーミアはグリフォンに飛び乗り大空へと舞い上がっていった。


 グリフォンの放つ強者の風格と、それを乗りこなすシャーミアの姿に感心していると、スノア殿下が魔法を放つ気配を感じた。


「あなたもご苦労様。すぐに治療してさしあげるから、少し待ってね」


 そしてメイシーの傷を癒すと、オレの時と同様に、体力までもを回復させていった。


「す、凄い……なんで、体力まで完全回復してるんや……」


 普通の回復魔法では体力はほとんど回復しないので、初めて受ける聖属性の、しかも最高位である第3位階の回復魔法を受けて、メイシーが驚きに目を丸くしていた。


 傍から見ていてもその違いは一目瞭然で、さっきまでの倒れそうなほど疲弊していたメイシーの姿は、今は完全に消え去っていた。


「し、しかし、なんで英雄とは言え、冒険者の仮面のにいやんが、名高い『青の聖女』さまとそんな親し気なんや……?」


「メイシー、オレは元々貴族の三男坊でな。スノア様とは子供の頃から、その……「幼馴染ですわ!」」


 スノア殿下との関係をなんと説明しようかと言い淀んでいると、被せるようにスノア殿下に幼馴染だと言い切られてしまう。


「ま、まぁ、恐れ多い事に、そのような関係なんだ。あと、スノア様はオレの正体もご存知だから、今は普通に名前で呼んでも大丈夫だぞ」


「そ、そうなんか……しかしトリスっちは、何回うちを驚かせたら気が済むねん……」


 メイシーと話していると、


『トリスくん! 無事なんだね!』


 そんな声が仮面越しに聞こえて来たのだった。

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