【第78話:力を貸してやる】
「か、はっ……」
元々の激痛のせいで感覚が麻痺していたのか、そこまでの痛みは感じなかった。
そのせいか、自分の左肩から吹き上がる赤いしぶきを、どこか他人事のように見つめていた。
しかし、今までの訓練の賜物なのか、狼や猪の魔物に紛れて現れた、熊のような姿の魔物の首を次の瞬間には魔剣ではねていた。
(この熊の魔物は、なんだったかな……? 思い出せないな……)
混濁する思考の中、ぼんやりそんな事を考える。
「トリスっち!?」
ゆっくりと傾く視界が、後ろから駆け寄ったメイシーに抱きしめられて、オレの視界いっぱいに空が広がった。
メイシーは、限界を超えて魔球を振り回して近くの魔物を殲滅すると、素早く回復薬を取り出してオレの肩に振りかけた。
だが……やはり回復薬の効果は発揮されなかった。
「なんでや!? 全然、傷が塞がれへん!」
さっき魔法や薬はオレには効果がないと伝えたはずなのだが、メイシーも気が動転しているのだろう。
もう一本取り出してまた肩に振りかけようとするメイシーを、無事な右手でそっと制止した。
「メイシー……すまないな……」
そう呟いた時だった。
(!? なんだ……意識が急に鮮明に……え? 魔剣との魔力同調!?)
今までブースト状態でしか成功した事がなかった魔剣との魔力同調が、なぜかいつの間にかされていた。
「な、なんや……?」
魔球を振るいながらも、オレの変化に気付いたメイシーも何かを感じ取ったようだ。
「痛みが……引いた……」
傷が塞がった訳でもないし、体力が回復したわけでもない。
やはり、ブースト状態になったわけではない。
だが、魔剣から溢れた魔力が出血を止め、仮初の力をオレに与えてくれていた。
(まただ……。あの時と同じ。また魔剣が話しかけてくるようだ……)
力がないなら力を貸してやると、戦うのに傷が、痛みが邪魔なら、今だけ止めてやると。
「はは……ははははは……そうか、だから戦えと……。まだくたばるのは早いと、最後の一瞬まで戦えって言いたいんだな?」
いつしかオレは立ち上がり、近づいてきた数匹の魔物を一瞬で斬り裂いていた。
「トリスっち……いったいその魔剣はなんや……? うちの魔球とも何か根本的に違う……その魔剣はいったい何ものなんや!?」
ブースト状態のような力はない。
それでも、それなりに体が動いた。
傷が塞がるわけではない。
それでも、新たに付けられた傷からは一滴の血も零れなかった。
きっと魔剣との魔力同調が解けるとき、それはオレの命が尽きる時だろう。
(でも、それでも良い……今、この時を戦い抜けるのなら!)
「はぁぁぁ!!」
飛び込んできた猪の魔物を避けながら魔剣を振り抜き、その体を上下に分断すると、斬り裂いた体が靄になって消えていくのを横目に、右足を中心に身体を反転させ、メイシーに向かって飛び込もうとしていた狼の魔物の胴体に風穴をあけるように突きを放った。
「良し! 動ける!」
靄となるのもまたずに魔剣を引き抜くと、メイシーを挟んで反対側に現れた熊の魔物に向けて、
「炎よ!」
火の初級魔法を放った。
やはり今はブースト状態ではないので、小さな炎しか呼び出せない。
だが、呼び出したのはそいつの顔があった場所。
オレは魔物が仰け反っている間に踏み込むと、袈裟斬りに体を斬り裂き、返す剣で頭に突きを放って止めをさした。
「あかん! 無茶や! トリスっち! そんな事してたら死んでまう!」
メイシーが叫ぶが、オレは一瞬だけ視線を送って「これでいいんだ」と微笑むと、次々と魔物を葬っていった。
~
どれぐらいそうしていただろう?
もういろいろと感覚が無い。
メイシーも目に涙を貯めながらも、オレと共に未だに魔球をふるい続けてくれている。
「まだだ……あの魔族を葬るまでは……」
たまにこちらに巨大な火球を投げつけてくるだけで、静観している巨大な燃える魔族を睨みつける。
だが……オレは何も出来ないでいた。
数が多すぎるのだ。
ユイナの援護もない状況では、ほとんどの魔物が弱いとはいえ、あまりにも多勢に無勢過ぎた。
ほとんど執念と体の反射だけで振るう魔剣は、未だにオレに力を貸し続けてくれているが、このままいけば先にオレの身体が物理的に動かなくなる方が先だろう。
そしてその時は、ゆっくりとだが確実に近づいていた。
だが……その時、胸の奥に何かが灯るような、不思議な感覚に包まれた。
「な、なんや……? また、街の方がさらに騒がしくなった気が……」
そして、メイシーはメイシーで、何か街の方が騒がしいと呟く。
「っ!? これはっ!? ……す、凄まじい魔力の高まりを感じるで!? またヤバイ奴でも現れたんか!?」
オレは本能のままに魔物を斬り裂きながら、だが、メイシーの言葉に内心で首を振る。
(ははは……違う……これは、この感覚は……)
「今度はなんやねん! な、何かが迫ってくるっ!?」
メイシーが恐ろし気に視線を向けた先には、薄っすらと光る何かが見えた。
その何かは決して早くはないが、まるで草原を吹き抜ける風のように波紋のように広がり、そして……そこにいたほとんどの魔物の動きを止めた。
「はははは……どうして、どうして、あなたがこんな所にいるのですか……」
オレたちを通り抜けた淡い光の波紋は、間違いなく『
その後も放たれ続ける光の波紋。
動きを止めた魔物に向かって、三度目の光の波紋が通り過ぎる頃には、魔物の数は既に半分近くにまで、その数を減らしていた。
「な、なんやねん、これは……」
事態が飲み込めず、呆気にとられるメイシーに向かって、オレは苦笑いを浮かべながら話してあげた。
「メイシー……スノア様だ。スノア様の『
「え? う、うたたたの? スノア様って誰や?」
面識のないメイシーにしてみれば、そんな事を言われても意味がわからなくて当然かと思い直し、こう言い直した。
「あぁ……こう言った方が分かりやすいか。『青の聖女』こと『スノア・フォン・エインハイト』第二王女様だ」
一瞬の沈黙の後、驚くメイシー。
「……は? はぁぁ!? なな、なんでそんな凄い人がこんなとこにおるんや!?」
「それこそ、その質問はオレが聞きたいぐらいなんだが……」
その時、オレとメイシーの二人を影が包んだ。
「っ!?」
慌てて魔球を放とうとするメイシーの手を掴み、
「待てっ!!」
その行動を何とか止める事に成功する。
「なんで止めるねん! 空飛ぶ魔物やで!?」
そう叫ぶメイシーに、オレはゆっくり首を振ると、その魔物を指さし教えてやる。
「確かに魔物かもしれない。でも、よく見て。我が国の紋章が刻まれたプレートが付いているだろ? あれは、エインハイト王国が誇る『天空の騎士団』が駆る『グリフォン』だ」
グリフォンと言えば、鷲の上半身と翼に、獅子の下半身を持つAランクの魔物だ。
だけど、我がエインハイト王国は、そのグリフォンを子供の頃から育てて騎乗生物として調教し、我が国最強の騎士団『天空の騎士団』として組織していた。
「て、天空の騎士団って、この国の虎の子とか言われて秘匿されてる最強の騎士団やん!? なんで、そんな凄いのが……」
メイシーの混乱はまだ続いていたが、そのグリフォンは悠々とオレたちの側に降り立った。
そして……一人の少女が騎士と思われる者の制止を振り切って飛び降りたかと思うと、そのままこちらに向かって駆け出し、
「トリス! なんて無茶をしているのですか!?」
そのままオレの胸に飛び込んできたのだった。
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