【第77話:軽口】

 ユイナの放つ光の矢を潜り抜け、街へと迫りくる魔物の群れに向かってオレとメイシーは駆けていた。

 まだ身体は思うように動かないが、それでもブーストを知らない、冒険者になり立ての頃のオレと同程度には動けていると思う。


 ただ、激痛に耐えながらだが……。


 後ろから追走するメイシーが、中距離での攻防を受け持ってくれており、オレの露払いをしてくれている。

 だが、それで全ての魔物を倒せるほど、魔物の数は少なくない。


 光の矢だけでなく、メイシーの魔球をもくぐり抜けて襲い掛かってきたのは、キラーウルフという比較的凡庸な狼の魔物だった。


「はぁぁっ!」


 気合いと共に逆袈裟に振り抜いた魔剣は、いとも簡単にキラーウルフの身体を斬り裂き、その姿を靄へと変える。


(これだ……いつの間にか、この斬れ味が当たり前だと思っていたな……)


 オレは心の中で、魔剣の凄まじい斬れ味に感嘆しつつ、振り抜いた勢いのままにクルリと回って、勢いを殺さず駆け抜けた。

 痛みで感覚が麻痺するかと思ったが、今までにもユイナとの訓練で何度か経験していたお陰で、何とか耐えられそうだ。


「仮面の兄やん! もう一匹抜けた!」


 オレは横から弧を描いて走り込んできた別のキラーウルフを、今度は水平に魔剣を振るって足を斬り裂き、止まらず走り抜けた。

 すると、そこへ魔球が打ち込まれ、メイシーが止めをさしてくれる。


「助かった! このまま駆け抜けるぞ!」


「了解や!」


 その後もメイシーの援護を受けながら、オレは襲って来た魔物を何とか返り討ちにし続け、ようやく炎の巨人が良く見える位置まで辿り着いた。


「で、デカすぎやろ!? なんぼほどあんねん!」


「確かに……遠目で見てた時にはわからなかったが、まさかこれほどの大きさとは……」


 しかし、悠長に感想を言い合っているのを魔物たちは待ってくれない。


 ここまでは、走って魔物を置き去りにする事で、囲まれないで済んでいたのだが、ここからはこの場に留まって戦わなければならない。

 その危険度は今までの比ではないだろう。


 最後まで話もさせてもらえず、次々と襲い掛かってくる魔物を何とか二人で倒し続ける。

 ある程度近くの魔物の数が減るまでは、オレがメイシーの側についてその身を守り、メイシーには迫りくる魔物の群れを次々と葬っていって貰う。


「良し! このままいけば雑魚の方はなんとか……」


 なんとかなると、そう言おうとした時だった。


「ぎゃぁぁぁ!?」


「ひぃぃ!!」


 遠く離れた後方から、断末魔や悲鳴のようなものがここまで聞こえて来た。

 オレは一瞬そちらに目を向けるが、ここからだと何があったのかがわからない。


「な、なんや……? 何か街の方で起こったみたいや……トリスっち、どうする? このまま予定通りここで粘って、あの燃えるデカ魔族と戦うんか?」


 メイシーにそう聞かれるが、状況がわからない事には判断がつかない。


「そ、そうだ! ユイナ! 聞こえているか!? いったい何があった!?」


 しかし、中々ユイナから返事が返ってこない。

 それに、こちらに向けて次々と放たれていた光の矢が途切れてしまっており、代わりに街の周辺で光が見える。


 何かが起こっているのは間違いなかった。


 そして、ユイナの援護が無くなるという事は……。


「不味いで! ユイナっちの魔法が途切れたから、ちょっと捌ききれなくなってきた!」


 元々、たった二人でここまで攻め込む事自体が無謀で、綱渡りの状況だったのだ。

 その状況でユイナの援護がなくなれば、一気に形勢が不利になるのは当たり前だった。


「くっ!? これ以上は……メイシー! 撤退だ!」


 これ以上ここで粘るのは、どの道不可能だと判断し、メイシーに撤退を指示したのだが、その時になってようやくユイナから返事が返ってきた。


『トリスくん、ごめん!! 魔物が、空を飛べる魔物がまだ残ってるの!』


 その可能性は話し合いの中でも出ていた。

 だがそれは、その事態は、余りにも最悪の状況過ぎて対策を立てる事が出来ず、全ての空飛ぶ魔物はさっきので最後だった前提で動くという事になっていたのだ。


 この圧倒的な戦力差の中で、戦いにくく街を守りづらい空を飛ぶ魔物が攻めてこられれば、こちらにどうにかする手段など何も残されていなかったのだから。


「一旦そちらに戻る! なんとか凌いでくれ!」


 オレもユイナも余裕が無い状況なので、それだけ言って話を終える。

 こうやって会話をしている間にも、メイシーは魔物を近づけさせないように魔球を縦横無尽に撃ち込み、多くの魔物を葬っているが、それでも対応しきれなくなっており、オレも休みなく近づいてきた魔物と戦っている状況になっていた。


「トリスっち! もう限界や! 撤退でええんやな?」


「あぁ! 空飛ぶ魔物が現れたそうだ! ここまで来て悔しいが仕方ない!」


 こうしてオレとメイシーは止む無く撤退を始めたのだが、それは、思うようには進まなかった。


 ユイナの援護の無くなった状況で、魔物の軍勢の中心でたった二人取り残されたのだ。

 オレたちが魔物を倒す速度よりも、倒した魔物の隙間をまた別の新たな魔物が埋める速度の方が早くなっていた。


「ははは……これはちょ~っとやばいかもしれんな……トリスっち、一応、そろそろ覚悟決めておいた方がええかもやで……」


 メイシーも倒しても倒しても現れる魔物に疲労がかさみ、徐々に動きが鈍っている。

 攻め込むときにユイナに目一杯の強化魔法をかけて貰っていたが、それも先ほど切れてしまっており、本当に終わりの時が近づいていた。


「せっかく三人目の仮面の冒険者に内定しているのに、ここで死んだら勿体ないぞ?」


 だが、だからこそそんな軽口を叩く。


「はぁはぁはぁ……ほんまやで! せっかく英雄さんの仲間入りできるチャンスやのに、そんな勿体ない事できへんな!」


 そして、メイシーも息を切らしつつも、その口元に笑みを浮かべて魔球を振るう。


 悪あがきなのはわかっている。

 だが……それでも、簡単に諦めるわけにはいかなかった。


 そこからはメイシーと二人、軽口を叩きながら、ただただ魔剣を振り続けた。

 たまに炎の巨人から放たれる巨大な火球も、オレやメイシーの魔剣で対処した。


 もうメイシーは腕が上がらないのか、まともに攻撃も出来なくなっており、ほとんどの魔物をオレがギリギリの所で倒すといった状況にまで追い込まれているが、それでも、オレが対応できないタイミングで襲ってくる魔物を的確に倒してくれる辺り、メイシーの実力の高さに思わず感心してしまう。


 しかし……そこまでだった。


 オレもメイシーもまだ致命傷は貰っていないが、多くの傷を受け、その命はもう風前の灯火だ。


『うぅぅ……トリスくん……頑張って……』


 オレたちの会話が聞こえているのだろう。

 ユイナが泣きながら、そう話しかけてきた。


 遠くで未だに悲鳴や叫び声が聞こえ続けている。

 もし、ユイナが少しでもこちらの援護に回れば、一瞬で向こうの戦線は瓦解するのだろう。


 ユイナも追い込まれているのだ。


「十分、頑張ってるさ……ユイナ……君と出会えて良かったよ」


 そう伝えた瞬間、オレの左肩を魔物の爪が引き裂いたのだった。

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