【第66話:魔族と魔物と……】

 さっきまで雲一つのない快晴だった。

 それなのに、突然、太陽が顔を隠し、大空を闇が覆った。


「な、なんや……? 何が起こったんや……」


 見上げたメイシーがうわ言のように呟く。

 それでもユウマに対する攻撃の手は緩めないのだから、さすがと言えるのだが、その声はわずかに震えていた。


 そして……オレも空を見上げ、その光景に息を呑んだ。


「空飛ぶ魔物の軍勢……これじゃぁ、まるで魔神の……」


 上空を覆っていたのは、空飛ぶ魔物の群れ……いや、軍勢だった。


 まだかなり遠方に見えるが、まっすぐこちらに向かっているように見えるし、このままいけばソラルの街に甚大な被害がでるだろう。


 しかもそれは、群れがあふれ出すスタンピードではない。

 なぜなら、その群れは多種多様な魔物が、理路整然と隊列を組んで空を覆っていたのだから。


『そんな……』


 その光景に圧倒され、思わず漏れでた声が仮面越しに伝わってきた。

 オレも同じような気持ちではあったが、だがいつまでもこのまま見上げてばかりもいられない。


 気持ちと意識を切り替え、一旦途切れた集中を高めていくと、二人に呼びかけた。


「みんな! アレを放っておくわけにはいかない! だけど、まずはこっちが先だ! 並の魔物なら他の冒険者たちでも多少は戦えるだろうが、こっちはそうはいかない! オレたちはまずはこの魔族を倒す事に集中するんだ!」


「そうやな! とにかくまずは目の前の魔族や! ここまで追い詰めて逃したら最悪やで!」


『弱気な事言ってごめんなさい! ボクも精一杯頑張るよ!』


 こうしてオレたちは、まずは目の前の魔族、ユウマを倒す事に全力を尽くす事にしたのだった。


 ~


「逃がさん! はぁぁぁ!!」


 魔球と光の矢の猛攻を嫌がり抜け出そうとしたユウマを、オレは力任せに薙ぎ払うように斬り払った。


「ウグルゥグァ!」


 既に言葉を発する事も出来なくなったユウマに対して、僅かな同情の思いがよぎるが、この非常事態にそのような気の迷いは命とりだと思考を振り払う。


「メイシー!」


「任せてや! 強化貰って絶好調やで!」


 オレの剣で吹き飛ばされた巨体を、迎え撃つように魔球が襲い、怯んだ所を光の矢の雨が降り注いだ。


 既にユウマの身体はボロボロで、瘴気修復も全く追い付いていない。

 もう少しで倒し切れるはずだ。


「ここで仕掛ける! 援護してくれ!」


 オレは二人にそう声を掛けると、ユウマとの間合いを一気に詰める。


「喰らえ! 『落葉の舞い』!」


 ユウマが苦し紛れに放った拳をしゃがんで躱すと、そのまま逆袈裟に斬り上げ、宙を舞う。

 そこから体をくるりと捻ると、そのままありったけの魔力を込めて、魔法剣を振り下ろした。


 響く轟音と共に、魔族化した外皮に無数のひびが走る。


 サイゴウに放ったものと比べると、魔剣を使っていないために威力こそかなり劣るが、それでも失われた剣技はオレの期待に応え、魔族化して強化されたユウマの胸を深く斬り裂き、その衝撃を巨大な体に叩き込んだ。


 言葉にならない悲鳴を発し、ふらふらと後ずさるユウマに、ようやく終わりが見えたその時だった。


「ふふふ。ご苦労だったな」


 その言葉と同時に、ユウマの胸からもう一度腕が生えた。


「なっ!? ヤシロかぁ!?」


 さすがに二度目となるとオレもすぐに気づき、即座にヤシロに詰め寄ろうと駆け出したのだが、止めを刺したユウマを放り投げてきたため、行く手を塞がれ足を止めるしかなかった。


「くっ!?」


 サイゴウよりは一回り小さいとは言え、魔族化して巨大化したユウマを、片手で放り投げてくるのは予想できず、一瞬反応が遅れてしまう。

 それでも、何とかぶつかる直前で回避する事には成功するのだが、その時にはヤシロに十分な距離を取られてしまっていた。


「さすがにお前たち3人を同時に相手をするのは骨が折れそうなので、ここでお暇させて貰う。目的は果たせたしな」


 そして、地面を一度跳ねたユウマの身体は、そのまま魔物のように靄となって消え去っていった。


「くっ!? いったいどういうつもりだ!!」


 オレは諦めずにヤシロの隙を伺い、徐々にその距離を詰める。


「なに、簡単な事だ。まず第一に、魔族化させてから殺した方が、流れ込んでくる力が高くなる。そして第二に、直接止めを刺すとその力のほとんどを独り占めできる」


『え? なんでそんな事を知って……』


 仮面越しに、ユイナの動揺する声が届く。


(おかしい……この件については、ユイナと何度も話し合い、詳しく聞き出し色々な考察を重ねたが、魔族化させてから殺すとか、止めを刺すと独り占めできるとか、そんな話は無かったはずだ。ユイナが知っていて黙っているとは思えないし、どうしてこいつはこんなに詳しいんだ……?)


 オレがヤシロの不審な言動について色々考察していると、メイシーからおしかりを受けた。


「なぁ! 仮面のにいやん! そいつは敵なんか? うちにもちょっと説明してぇや! 攻撃して良いかわからへんやん!」


 ヤシロの見た目は魔族でもなんでもない普通の人間だ。

 事情を知らないメイシーが攻撃を躊躇するのも当然だった。


「すまない! こいつは敵の本命だ! さっきの魔族よりも強いかもしれないから、油断しないでくれ!」


 オレも突然の展開に動揺しているようだ。

 反省しつつもメイシーに攻撃の協力を求めた。


「了解や! ようわからへんけど、敵なんやな!」


「あぁ! おそらくこの空の魔物もこいつと関係しているはずだ!」


「はぁ!? なんやて!」


 さすがに上空に現れた無数の魔物の大軍と、この見た目ただの少年が繋がっているとは思っていなかったようで、メイシーは戸惑いの声をあげた。


「へぇ~、俺は無実だぁ! って叫んだらどうするんだ? 証拠はあるのか?」


 オレの言葉を揶揄うようにヤシロが話しかけてくるが、次の瞬間、それはヤシロ自身が証明してみせた。


『トリスくん! 上!』


 気配を感じて大きく後ろに飛びのくと、数瞬前までオレのいた場所に巨大なワイバーンが急降下してきた。


 竜ではないが、亜竜の一種であるワイバーンは並の冒険者では太刀打ちできないような高ランクの魔物だ。


 凄まじい轟音と共に舞い下りたそのワイバーンが、オレたちに向かってのみ、明らかに敵意を向ける。


「あぁ、偶然、ワイバーンが襲って来たようだぞ? まぁせいぜい頑張るんだな。俺は一旦聖王国に帰るけど、それまでにちゃんと成長しておけ」


 ワイバーンによって出来た死角を利用され、オレはまたしてもヤシロに逃げられてしまったのだった。

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