【第55話:お前か】
ソラルの街を出て数刻。
オレたちは、魔物の監視を行っている冒険者パーティーと落ち合うため、一度歩みを止めていた。
「……おかしいな。監視の依頼を受けている冒険者が見当たらない」
この部隊を率いるサッカイ小隊長が周りを見回しながら、眉をひそめてそう呟く。
ここは、アンデッド系の魔物のコロニーが一望できる、少し高台になった場所だ。
木なども生えているし、安全のために距離を取っているので、全てが確認できるわけではないが、冒険者の姿が一人も見えないのはあきらかにおかしい。
「おいおい。勘弁してくれよ。戦闘前から色々不吉すぎるだろ……」
ラックスが言った通り、皆も不安に感じ始めているようで、衛兵や中級冒険者の中には、キョロキョロと辺りを見回し始めるものまで現れだした。
「落ち着いてくれ。確かに少し不気味な感じはするが、まだ着いたばかりだ。少しここで待つことにする」
サッカイ小隊長は皆の不安を抑えるようにそう言うと、いくらか指示を出していく。
「……で、仮面の冒険者殿には、悪いのだが少し周りの偵察に行って貰えないか? もちろん一人で行けとは言わない。うちからも2名つける」
「いや。行くならオレ一人で行こう。戦闘になるにしても、逃げる事になったとしても、一人の方が身動きがとりやすい」
普段のオレならそのまま指示に従ったのだが、今のブースト状態なら、その方が良いと判断した。
「そうか。だが、何かあった場合は一人で解決しようとせずに、戻って報告するようにしてくれ」
オレはわかっていると頷きを返し、まずは魔物の種類とその数、そしてどう分布しているかを確認するため、コロニーを左回りにぐるっと一周する事にする。
もちろん、いまだ現れない偵察の任についていた冒険者パーティーを最優先で探すつもりだ。
「もう少し本気で走ってもいけそうだ」
ブーストのかかっている今のオレなら、かなり視力も感覚も上がっており、ある程度の速度で走りながらでも、周りの状況を把握できた。
しかし、普通のゾンビと思われる魔物は確認できるものの、変異種はおろか上位種など他の魔物は確認できない。
おそらく上位種どもは、中心部にいるのだろう。
索敵と捜索とを同時にこなしながら走っているのもあるが、魔物のエリアが思ったより広がっていて、今の速度を維持して走り続けても、一周するには少し時間がかかりそうだ。
(……やはり、ユイナと同じ召喚者が、今回の件にも絡んでいるのだろうか)
何も発見できない事に少し不安になり、そんな事を考えていると、その声は突然耳に飛び込んできた。
「てぇぇい!」
遠くから聞こえてきたのはまだ若い女性の声。
(てえい?)
一瞬その言葉に疑問を感じたが、もしかすると合流出来ていなかった冒険者かもしれない。
そう思い、即座に声の聞こえる方に駆けていく。
「いたっ!」
木が邪魔でまだハッキリとは見えないが、近くに多くのゾンビがいるのが気配から感じ取れた。
「ちぇすとー!!」
しかし……何か様子が変だ。
逃げているのは女性ではなく、8匹のゾンビたちのように見える……。
そして、鳴り響く轟音。爆音。破壊音。
弾け飛ぶゾンビたち。
「なんだ、あれは……と言うか、まさか……」
風のように木の間を駆け抜け、その先に見えたのは、一人の小柄な女性冒険が、まさにゾンビたちを相手に無双する姿だった。
しかも、鉄球で……。
「モデルはお前かぁ!?」
(あっ……思わず叫んでしまった。まさかこんなところで先日のリビングアーマーの模倣元と出会うとは……)
しかも、ちょうど最後の一匹を破壊……、そう、まさに破壊して黒い靄に変えた直後だったために、目が合ってしまった。
いや、目が合ったような気がした。
「なんや……?」
振り向く鉄兜……。
(またリビングアーマーじゃないよな……あっ、リビングアーマーは喋らないか)
しかし、かなりの手練れだ。
戦闘の様子は少ししか見る事が出来なかったが、その鉄球を扱う技術は、先日討伐したリビングアーマーを上回っているように見えた。
声からして間違いなく女性、というか、オレとそう歳も変わらない女の子のように思えるのだが、冒険者では珍しく、頭までもが鎧に包まれているので、正確にはわからなかった。
なにせ、肌色がほとんど見えない……。
(しかし、小柄な女性冒険者で鉄球扱っていて、フルプレート装備って……)
「「変わった奴だな」」
思わず漏れた心の声がシンクロした。
「そんな
「ぐっ……そう言えばオレも仮面付けてたんだった」
心にまたダメージを受けるが、ちゃんと話をしておかないといけない。
「お、オレはここのアンデッド系の魔物の討伐に来た冒険者だ。君は偵察の依頼を受けていた冒険者パーティーの者か?」
そう聞いてみたものの、とても上級冒険者に収まるような実力には見えなかった。
「あぁ~!
(だ、だれが仮面のにいやんだ……)
最近、「一号」とか「にいやん」とか、オレの憧れていた冒険者像からかけ離れた仇名が……。
「……はっ!? 呼び方はともかく、偵察の任についていた冒険者を知っているのか!?」
「あぁ。うちが助けてやったから、みんな無事や。でも、怪我が酷かったから、治療してちょっと離れた所で寝かせてある」
「そうか。良かった……集合場所に現れないから、心配していたんだ」
オレはあらためてその女性冒険者に深く頭を下げて礼を言う。
「ちょ、そんな畏まらんといて。うち、そういうの苦手や」
照れながらそう言うと、手首をクイっと返して鉄球を手元に戻すと……突然掻き消えた。
どうやら、やはり魔剣ならぬ魔鉄球らしく、何らかの仕掛けがあるのだろう。
しかし、消えたのは鉄球だけでは無かった。
(魔法鞄と同じ効果の魔道具をいくつも付与しているのか!?)
纏っていた全身鎧が一瞬で消え去ったのだ。
そして、ふわりと舞う銀髪。
少しくすんだ長い銀髪をツインテールで纏め、童顔の愛らしい瞳のその姿は、鉄球を振り回すようには見えなかった。
しかし、彼女
「ふぅ。うちは『メイシー』。これでも一応1級冒険者で……ドワーフの戦士や」
そう言って、笑顔で右手を差し出してきたのだった。
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