【第9話:結奈】
オレは、何かが動き出したような、そんな不思議な感覚にとらわれていた。
「トリスさん? 大丈夫ですか?」
まだ胸が激しく波打っていたが、何とか平静を取り戻し、話を続ける。
「あぁ、大丈夫だ。その……言いたくなければ言わなくても良いんだが、もし、その、良ければオレに相談してみないか?」
そして「何か抱えてるんだろ」と言葉を添えて、見つめ返す。
結局、飯は後回しになってしまったが、今はしっかり話をした方が良いと思った。
オレの言葉を受けて、ユイナは一瞬目を少し見開き、わずかに驚きの表情を浮かべている。
そして、何度か口を開きかけてはまた閉じを繰り返し、暫く沈黙の時が流れた。
数秒だろうか?
それとも数十秒だろうか?
ユイナは悩んだすえ「信じて貰えないかもだけど」と前置いてから、ぽつりと話し始めた。
「ボクはね、この世界の人間ではないんだ。隣国アラベリアで行われた儀式魔法『勇者召喚』で呼び出された10人の勇者のうちの一人なんだ……」
「なっ!?」
何か事情があるだろうとは思ったが、想像の遥か上をいく事情だった。
『勇者召喚』
それは『アラベリア聖王国』の王家に代々伝わる儀式魔法。
その詳細は秘匿されているのでオレにもわからないが、多くの贄と長い年月をかけて初めて発動する儀式魔法だと言われている。
世界に何らかの危機が迫った時に執り行われると聞いたが、この数年でそのような話は聞いた事がない。
男爵家程度には教えられていないだけで、何か大きな災いが起ころうとしているのだろうか?
まぁ考えてもわからない事は後回しだ。
それより、勇者召喚で呼び出されたという事は、ユイナは……。
「そうなのか……という事は、ユイナ。きみは異世界から?」
「うん……全然疑わずに、信じてくれるんだね……」
普通なら突拍子もない話だと思うのだろうが、なぜかこの話を聞いて、もやもやしていた何かがストンとはまるように納得してしまった。
「あぁ、ユイナが真剣に話しているのがわかるしな」
「ありがと……あの、ボクのちゃんとした名前は『
そして「先に話しておかないと前に貴族と間違われたから」と、苦笑いしながら続ける。
「じゃぁ、ユイナ・アラガキか」
「うん。でも、今まで通りユイナって呼んで欲しい」
「わかった。それでユイナ。どうしてその10人の勇者の一人であるユイナが、こんな所に一人でいるんだ?」
オレがそう尋ねると、少し視線を泳がせてから口を開く。
「ボクね。すごく覚えが悪かったんだ。だから、いくら魔法の練習しても聖属性以外は伸び悩んで、最後には追放されちゃった……」
話を聞いてみると、異世界から呼ばれたと言っても、その勇者10人は元々知り合いなどでは無かったらしい。
それでも、最初は突然訳もわからず身一つで知らない世界に呼び出されたもの同士と言う事で、仲良くしていた。
しかしそれは、上辺だけのものだった……。
アラベリア聖王国の騎士団や宮廷魔術師の指導が進み、その実力に差が出てくると、その関係に変化が起き始める。
さらに、聖王国が実力の高いものを優遇するようになってしまった事で、それは決定的なものとなった。
勇者たちの間で格差が生まれたのだ。
そしてそこで事件が発生する。
戦いに抵抗を感じて訓練に否定的だった一人の勇者が、模擬戦と称して行われた常軌を逸したしごきの中で命を落としたのだ。
この事を後から知ったユイナは、加担した勇者6人と聖王国に抗議をしたのだが、待っていたのは……、
『死んだのは実力が不足していた奴の責任だ』
『今まで勇者だからと同列に扱っていたのが間違いだった』
『実力が低い者を同じように鍛錬するのがそもそも無理があったのだ』
『勇者としての自覚も実力も無いような奴らは追放するべきだ』
信じられないような侮蔑の言葉の数々だった。
「そしてその後すぐ、他の実力の低い2名と一緒に追放されちゃったんだ……」
ユイナが辛そうに話すその内容に、オレはいつしか血が滲むほど拳を握りしめていた。
「くっ!? なんて奴らだ……」
「はは。ボクのことでそんな真剣に怒ってくれるんだね。ありがと」
そう言って笑みを浮かべる。
「でもね。ボクは光属性の魔法以外はあまり上手く使えなかったから、追放と言われた時は少しホッとしたんだ。もともとの世界では普通の学生だったし、勇者の称号は荷が重たかったから……」
「そうか……辛かっただろ……よく、耐えたな。しかし、なんで隣の国のこんな田舎の地方都市に?」
「それは……争いに巻き込まれそうになったから」
「争い?」
ユイナはよほど怖い想いをしたのか、両肩を抱きしめるように耐えながら話してくれた。
「ボクと一緒に追放された二人は納得してなかったの」
「納得していないと言っても、手の打ちようが無いんじゃ?」
いくら勇者が強いと言っても、二人で国を相手取るのは難しいだろう。
いったい何が出来ると言うのだろう?
「闇討ちしたんだよ」
その模擬戦を主導した奴に、闇討ちして瀕死の重傷を負わせたという事だった。
なんでも亡くなったのは女の子で、追放された二人に唯一いつも優しく接してくれていたらしく、許せなかったのだろう。
二人は復讐の鬼となって敵対し、その後も聖王国に潜伏して様々な施設や要人を襲撃しだす。
「もうそうなって来ると、ボクは二人とは無関係だと言っても聞いてもらえなくてね。危うく捕縛されそうになったから、合成で作成した認識阻害効果のついたこの仮面を使って、聖王国を逃げ出したんだ」
そう言って突然何もなかった空間から例の仮面を取り出すユイナ。
「え? 今、どこから仮面を??」
「あぁ、これね。勇者だけが使える技能の一つで、アイテムボックスって言うんだ」
便利でしょ? と言って、何度も仮面を出したり消したりする。
「凄いな。冒険者や行商人なら喉から手が出るほど欲しい技能だ。あ、すまない。話が逸れたな」
「ふふふ。ボクもこの技能だけは勇者になった役得だと思ってるから」
「はは。そうだな。辛い思いをしてるんだし、それぐらいの役得がないとな」
なんだか可笑しくなって、いつのまにか二人で笑いあっていた。
ユイナのその笑顔が、ようやく自然に出た笑顔だったことに少しホッとした。
「まぁ、ボクの状況はそんな所かな。光属性は勇者しか使えないらしいから、光属性の魔法を使う時はいつも仮面をつけてるんだ」
「なるほど。それで『謎の少女ポワントン』ってわけか」
「ひゃぃい!? そうだ! どどど、どうしてトリスさんは覚えていられるんですひゃ!?」
顔を一瞬で真っ赤に染めたユイナは、オレの服を掴んで縋るように訴えかけてきたのだった。
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