【第8話:二人の15歳】

「……案外早く、見つけられたな……」


 そこにいたのは間違いなく、さっき変な仮面をつけて、見た事もない強力な魔法を放った少女だった。


「おばさん、ただいま~。晩御飯ってまだ早い……です……よ……ね」


 バタおばさんの隣にいたオレに気付いて、言葉を詰まらせる少女。


 やはり間違いなくあの仮面の少女だ。


「よう。さっきぶり」


 軽く手をあげてそう挨拶を飛ばす。


「ななな!? なんで君が……あっ、君は誰なのかな? ぼぼボクは初めましてだと思うんだけど?」


 わかりやすい動揺っぷりに少し呆れながら、


「おかしいな。オレはユイナって自己紹介された記憶があるんだが?」


 そう言った瞬間、その少女ユイナは固まった。


 暫く待つが、反応がない……。


「おーい……」


 呼びかけても反応がない。まるで人形のようだ。


「おーい。いい加減戻ってこいよ」


 そこでようやく再起動したようで、手をぶんぶん振り回しながら慌てだす。


「ななな、なんで僕を覚えてるの!?」


「ん? あんだけ派手な魔法ぶっ放して、しかもあんな変な仮面つけた女を忘れろという方が無理があるだろ……」


 呆れてそうこたえるのだが、その言葉にユイナの顔がみるみる赤く染まっていく。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!? どうした認識阻害! 仕事しろぉぉぉ!!」


「認識阻害??」


 オレのその呟きに、慌てて口を塞ぐユイナ。


「なな、何でもないです! そ、それよりちょっとお話させてください!!」


 そう言ってオレの手を取ると、2階の一つの部屋に連れていかれる。

 おそらくユイナの借りている部屋なのだろう。


 オレを連れ込んで扉を閉めると、今頃になって手を握っている事に気付いて、今度はきゃぁきゃぁ一人で騒ぎ出す。


「さ、騒がしい……」


 妹のミミルも興奮するとかなり賑やかになるが、それを上回る騒がしさだ……。


「おーい。そろそろ連れて来た理由を話してくれないか? あ、あとこれ」


 オレはそう言って、部屋にある小さなテーブルの上に革袋を置く。


「ご、ごめんなさい……。えっと? それで、これは??」


「お前があの派手な魔法で倒したホーンラットの瘴気核を売ったお金だよ。オレが倒したわけでもないから、渡そうと思って探してたんだ」


 まぁ実際は探し始める前に呆気なく見つかったわけだけど。


「やっぱり、仮面の認識阻害が仕事してない……ボクの事、しっかり覚えてるんだ……」


 何か『絶望』って言葉がぴったりはまるような顔してるな……。


「あぁ、なんだ。その、理由はわからないが、あの魔法の事とか隠しておきたいなら、誰にも言わないから安心しろ」


 その言葉に一瞬呆けたような表情を見せた後、力が抜けたようにベッドに座り込んで、今度はしくしくと泣き出した。


 情緒不安定なんだろうか……。


 まぁ、変な奴だが悪い奴では無さそうだし、女の子が泣いているのを放っておくわけにもいかない。

 オレはユイナの前にしゃがみ込むと、妹のミミルにするように、そっと頭を撫ででやる。


「どんな理由かわからないが、困っているなら相談に乗るぞ?」


 冒険者になったばかりのオレに出来る事なんてたかが知れてるだろうが、何だか放っておけなかった。


「え……ど、どうしてボクなんかに、そんなやさしくしてくれるの……?」


 濡れた声でそう問いかけるユイナは、目にいっぱいの涙を貯めて、上目遣いでこちらを見つめてくる。


 変な子だけど、見た目はかなりの美少女なだけに、上目遣いに思わずどぎまぎしてしまう。


「え、えっと、それはあれだ! 困ってる奴がいて、オレが助けたいと思ったから助ける。全部自分の責任なかわりに、何ものにも囚われない。自由こそが冒険者だろ?」


 少しどもってしまったが、この矜持自体は、本当に普段から思っていることだ。


「……え……」


 オレのその言葉に目を見開いて、ぽかーんと口をあけるユイナ。


「ふふ。口を閉じろよ。せっかくの美少女が台無しだぞ?」


 あまりにも口を開けた表情がツボにはまったので、思わず本音が出てしまった。


「あっ、いや、違うぞ。そういう意味で言ったんじゃ」


 だけど、ちょっと手遅れだった。


「ぼ、ボクが、び、美少女……」


 そう呟いた瞬間、ユイナは「ぼんっ!」って音が聞こえてきそうなほど、顔を真っ赤に染めて、ゆっくりと後ろに倒れていったのだった。


 ~


「大丈夫か? バタおばさんに果実水貰って来たから、ちょっとこれ飲んで落ち着けよ」


 そう言って、冷えた果実水の入ったグラスを渡す。

 ちなみに冷やしたのはオレの魔法だ。

 戦闘での直接的な攻撃は出来ないが、オレは一通りの基本属性が扱えるので、いろいろな場面で重宝している。


「ありがと……あ、冷えてて美味しい……」


 ユイナはよほど喉が渇いていたのか、そのまま一息で飲み干すと、余韻を楽しむようにゆっくりと息を吐きだした。


「はは。本当に美味しそうに飲むな。おかわりとかいるか?」


「い、いえ。もう大丈夫です。でも……ほんとに美味しかったです」


 オレは飲み干したグラスを受け取ってテーブルに置くと、出来るだけやさしく話しかけた。


「だいぶん落ち着いたようだな。少し話をしたいなって思ってるんだが、ご飯もまだなんだろ? その……良かったら先に一緒に飯にするか?」


「な、なま……」


「ん? 話すならゆっくりでいいぞ」


「あの……ボクまだ名前も聞けてなくて、それに危ない所を助けて貰ったのに、お礼すら言えてなくて……」


 ユイナは消え入りそうな声でそう話すと、涙をこぼす。


「え、えっと、あれだ。オレの名前はトリス。昨日、冒険者になったばかりの15歳だ。オレがオレの意志で助けに入っただけだから、礼とかは気にしないでいいんじゃないかな?」


 あ……なんか変な自己紹介みたいになってしまった……。


 ユイナはオレの名前を口の中で呟くと、両手をぎゅっと握り締めて、オレの目をじっと見つめてきた。


「トリスさん……ボクの名前はユイナです。トリスさんと同じ15歳で、冒険者も同じくなり立てです。あの時、トリスさんが助けてくれなかったら、今頃ボクは死んでたと思うんだ。それなのにバレたくない一心で、お礼すら言わずに逃げちゃった……。本当にごめんなさい。そして……」


 その泣き顔を笑顔に変えて、最後に「ありがとうございます」と穢れないまっすぐな微笑みをオレに届けてくれた。


 その天使の微笑みに一瞬見とれてしまい、オレは何も返せなかった。


「……? トリスさん?」


 そう言って首を少し傾げ、不思議そうにこちらを見つめる瞳に気付いて、ようやく我にかえった。


「あ、あぁ。確かに謝罪も礼も受け取った。だから、もう気にしなくていい」


 この時オレは、胸が波打ち、そう答えるのが精いっぱいだった。

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