【第7話:仮面の少女】

 振り返ったオレの目に飛び込んできたのは、蝶をモチーフにしたような怪しいピンクの仮面を付けた小柄な少女が、両こぶしを握って何やら気合いを入れている姿だった。


 年齢はオレとそう変わらないだろう。

 仮面は目元を隠す程度のものなので、顔の作りがかなり良いのが見てとれる。


 耳にわずかにかかる短めの黒髪に、淡い緑を基調としたローブを中心としたかなり高級そうな品の良い魔法使い用装備の数々。


 あまり同年代の異性の知り合いのいないオレからしてみれば、かなり魅力的に見えてもおかしくない容姿なのだが……仮面が全てを台無しにしていた。


「えっと……?」


「ふっふっふ。もう安心して下さい! この謎の少女ポワントンが現れたからには超大型豪華客船に乗ったつもりで大丈夫です!」


「……よくわからんが、わかった事にしておく」


 良し。あまり深くかかわるのはやめておこう。


 とにかく、もう間近まで迫ってきているホーンラットの群れを迎え撃つのが優先だ。


「とにかくオレが前に出て戦うから、何でもいい、援護を頼む。あと、オレも余裕がないから、すまないが自分の身は出来るだけ自分で守ってくれ!」


 そう言って駆けだすと、「わかったわ!」と言う言葉と共に、何かの詠唱を始める声が聞こえた。


 変な奴だが、とりあえず魔法は使えるようだ。

 最悪、自分の身は自分で守ってくれるだろう。


 そう思った時だった。


 急に後方から眩い光が輝いたと思うと、辺り一面が白で塗り潰された。


「くっ!? なにが起こったんだ!?」


 光に背を向けていなければ、目をやられていたかもしれない。

 それほどの光の奔流だった。


 そして、光がおさまったそこには……。


 今、まさに靄となって消えていくホーンラットの群れの姿があったのだった。


 ~


「す、凄い……」


 まったく想定外の魔法の威力だった。


 主要な魔法の知識は習って覚えているが、そのどれにも当てはまらない。

 昔見せて貰った『聖属性』魔法に近い気もするが、何かが違う気がする。


「この違和感はなんだ……? そうだ。感じた魔法そのものの威力よりも、その効果が高すぎるんだ」


 もう一度目を向ければ、かなり遠くにいたホーンラットまで倒されているのがわかる。


 もしかすると、既にコロニーのホーンラット全てを倒してしまっているのかもしれない。


 結局、一人で考えても何もわからないと、この魔法を放った張本人に尋ねようと振り向いたのだが……そこに仮面の少女の姿は無かった。


「え? 消えた……?」


 それから暫く周りを探してみたのだが、謎の魔法を放った少女を見つける事は出来なかった。


 ~


 ホーンラビットを倒して手に入れた『瘴気核』を回収すると、街に戻ってきた。


「という訳なんですが……こんな話、信じられないよな……」


 そして先ほど起こった出来事を、冒険者ギルド2階にある依頼達成報告専用の窓口で報告し、こんな話は信じて貰えないだろうと少し投げやりにそう締めくくった。


 しかし信じて貰えないその考えは、意外にもはずれる事になる。


「そうですか。また現れたんですか……」


 そう。あっさり信じてくれたのだ。

 それどころか「また現れた」と言っているではないか。


「ちょっといいですか? つまりあの仮面の少女は、以前にも同じようにド派手な魔法をぶっ放して魔物を退治していると?」


「そうですね。最初は私どもも嘘だと思っていたのですが、この一月ほどの間に、同じような報告が3件も続いたので、さすがに嘘だと簡単に片付けるわけにもいかず……」


 そうなると、やはり彼女はこの街に滞在しているという事か?

 でも、それなら何故誰も彼女の事を把握できていないのだろう?


「あんな目立つ奴なのに、その正体もまだわかっていないんですね」


「目立つ?? あぁ、仮面が凄い目立つらしいですね。でも、街ではおそらく仮面は外されているのでしょう」


 その職員の言いように少し違和感を感じたのだが、


「おい。坊主。いつまでも喋ってねぇで、終わったんなら悪いがどいてくれねぇか」


 後ろに並んでいた人からせかされ、席をたつことになってしまった。


 ~


 初めての依頼クエストは、無事に成功したものの、オレはちょっと釈然としない気分で街を歩いていた。


 想定外の出来事は起きたが、弱いとはいえ魔物3匹を相手にして危なげなく勝つことが出来た。


 この事自体は素直に嬉しい。

 今までの鍛錬が無駄ではなかったと証明することが出来たし、自信にもつながった。


 しかし、依頼クエスト達成報告の時、オレが倒したホーンラットは3匹だけだと伝えたのに、結局、仮面の少女が倒したホーンラットの『瘴気核』の分までお金を貰ってしまい、かなり多くのお金を受け取ってしまったのだ。


 瘴気核は依頼の達成確認を行うのに用いるのだが、ギルドはそれを依頼達成報酬とは別で買い取ってくれる。

 これには理由があって、あの瘴気核は、さまざまな物の作成に用いられる『合成』に必要不可欠なものだからだ。


「まぁでもこういう想定外の事が起こるのが冒険者だよな」


 そう考える事にすると、何だか少しわだかまりが取れ、今頃になって依頼を達成したのだと実感がわいてきた。


「そうだ。もしあいつを見つけたら、その時にあいつの分を渡せばいいか」


 そう納得して、宿への道を歩いて行くのだった。


 ~


 旅の扉亭に着くと、少しそわそわしたバタおばさんが出迎えてくれた。


「バタおばさん、ただいま」


「良かったよぉ。ちゃんと無事に帰ってきてくれて~」


 どうやら昨日、冒険者見習いではなく、いきなり初級冒険者になったと伝えたので、少し心配をかけてしまったようだ。


「心配かけてすみません。でも、ちゃんと討伐依頼達成しましたよ」


 冒険者生活初日にしては、中々の滑り出しだろう。

 バタおばさんにこれ以上心配かける必要もないので、コロニーの件は伏せ、ホーンラット3匹を倒したことだけを伝えた。


「まぁまぁ~! さすがトリス様だねぇ!」


「バタおばさん、さっそくやってますよ。オレに『様』付けるの禁止です」


 昨日の晩に少し話をしたところ、弟のオートンさんから何年も前からオレの話を聞いていたらしく、その時ずっと「トリス様」と聞いていたらしい。

 だから、ついそう呼んでしまいそうだと話していたところだった。


「あらやだ。やっぱりやっちゃったわ。しかし、最近の子はみんな凄いねぇ」


「呼び方までうるさくて悪いね。ところで、最近の子が凄いって?」


「あぁ~。それは、トリスと同じように見習い免除になった子がいるのよ」


「へぇ~。リドリーさんが言ってた子かな?」


 リドリーさんが最近魔法使いだけど、見習い免除になった子がいるって言っていた事を思い出す。


「あっ、話をすれば影って奴かしら? ほら、あの子がそうよ」


 そう言って指をさした先にいたのは、俯きながら扉から入ってきた例の少女だった。

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