【第6話:冒険】

 オレは街の門から外に出て、南側に広がる田園地帯を歩いていた。


 ここでは小麦粉を中心に、芋や青菜、トウモロコシなど様々な野菜が育てられている。

 これらの作物は、国内の気候ならどこでも育つように魔法による品種改良が施された種子を使っている。

 そのため、景観にあまり統一感はない。


 そんな田園地帯を超えたところが今回の目的地だ。


 さっきオレが受けた討伐依頼のターゲット『ホーンラット』は、成人男性の腰の高さぐらいの大きさを持った、鼠の姿を模倣した魔物だ。


 そこまで強い魔物ではないが、戦うすべを持たない者にとっては脅威となる。

 特に跳躍力が強く、頭に生えている鋭い角で突き刺されれば、命を落とす事になるだろう。


「確か、見つかったホーンラットの生息域は田園地帯の外れだったよな」


 通常の魔物は、出現した場所から大きく移動できない事が知られている。

 まだ理由までは解明されていないが、特殊な魔物の個体以外は皆当てはまるらしい。


 しかし、特殊な個体以外にも例外となる状況・・が存在する。

 特定地域内に、一定数以上の魔物が出現した場合だ。


 どの魔物も、その場所に出現してから徐々にその数を増やし始め、コロニーと呼ばれる魔物の群れを作り出す。


 これが一定以上の数になると、獲物を求めて群れごと動き出す現象『スタンピード』がそれだ。


 このような事態を防ぐために冒険者ギルドは魔物の目撃情報を集めており、それらの情報を元に危険度を判定して討伐依頼を発行している。


 今回のオレの依頼も同様だろう。


 街を出てから約2刻ほど歩くと、目印としてリドリーさんに教えて貰った青々と茂るカブの畑が見えて来た。


「お。あの畑を超えたあたりか」


 他の畑では農作業をする人の姿を見かけたが、前方の畑には人の姿が見えない。

 魔物が発見された地域には立ち入らないようにするのが常識なので、ここで間違いないだろう。


 そのカブ畑を横目に歩く事さらに半刻。


「いた! ……けど、なんだ? この数は……」


 報告通りの場所でホーンラットを発見出来たまでは良かったのだが、既にコロニーが形成されつつあった。


 今回の依頼が初級冒険者のオレがソロでも受けれたのは、討伐対象が弱いホーンラットという魔物だという事に加え、まだコロニーが形成されていない初期段階で、多くても2、3匹だという予測だったからだ。


 それが、ここから見えるだけでも、10匹ほどのホーンラットが確認できる。


「無理すれば勝てるとは思うが……」


 冒険者が冒険する時、それは命を懸ける価値がある時だけだ。


 冒険者になって初めての依頼クエストなので、戦わずに帰るのは正直不本意だが、命を懸ける冒険する時ではないだろう。


 自分の中でそう結論をだし、冒険者ギルドに戻った時に少しでも多くの情報を渡せるよう、遠目でわかる範囲でホーンラットの数や行動範囲を確認していく。


 近づきすぎて襲い掛かられないように、距離に注意しながら観察していたのだが、その数は予想を超えるものとなっていた。


「不味いな……確認できただけでも15匹はいるぞ……」


 ここまで確認できれば十分だろう。

 そう思い、冒険者ギルドへの報告を急ごうと、踵を返そうとした時だった。


「あれは……旅人か!? いや、でもここは街道から離れすぎている。冒険者か?」


 ホーンラビットのコロニーに向かう人の姿を見つけてしまう。

 注意を促したいところだが、大声をあげればホーンラビットに気付かれるし、かといって近づこうにもその人物がいるのはコロニーを挟んだ向こう側だ。


「不味いな……何をボーって歩いてるんだよ!?」


 せめて冒険者ならと思ったが、例え冒険者であっても、あんな隙だらけで歩いているような冒険者なので、一人で切り抜けるのはまず無理だろう。


「くっ!? はじめての討伐で本気の冒険をする事になりそうだな!」


 もう気付かれるのは時間の問題だと思った瞬間、オレは駆け出していた。


 ~


「もうダメ……帰りたいよ~」


 3匹のホーンラットが迫っているのにも関わらず、そいつは下を向き、何か呟きながら歩いていた。


「っ!? おい! いい加減に気付け! ホーンラットだ!!」


「……え? ほへっ? えぇぇぇぇ!!??」


 オレの呼びかけにようやく気付いたそいつは、目の前に迫った魔物にもようやく気付いてくれたのだが、その服装と装備から魔法使いのようだ。


 もしある程度の戦闘経験があったとしても、あそこまで近づかれてしまっては、魔法使いでは対応は難しいかもしれない。

 そう思い、オレ自身で仕留める為に更に駆ける速度を一段階あげる。


 しかし、そいつは魔法使いかどうか以前の問題だった。


「ひゃぁぁ~!?」


 身構えるどころか、その場にしゃがみ込んでしまったのだ。


「なっ!? 腰抜かしてんじゃねぇよ!? 間に合えぇぇ!!!」


 オレは腰の魔剣に手を添えると、駆け抜けながら無理やり王国流剣術の居合斬りを放ち、ホーンラビット二匹を纏めて上下に分断する。


 そして振り抜いた勢いそのままに、クルリとその場で回転すると、時間差で襲い掛かってきた最後の一匹を袈裟斬りで一刀両断した。


 靄となって消えていく3匹のホーンラットを確認すると、油断なく声を掛ける。


「何とか間に合ったな……おい、大丈夫か?」


「は、はい!? あ、あ、あ、ありがとうございます!!」


 立ち上がって深々と頭を下げるそいつは、まだ顔を見れていないが、声や体つきから若い女性のようだ。


「ボ、ボクの名前はユイナって……」


「馬鹿!! 自己紹介は後だ! 次々来るぞ!」


 どこか育ちの良さを感じるし、貴族の子女だろうか?

 礼儀正しいのは良いんだが、この状況で自己紹介を始められても困る。


 オレはこちらに向かってくるホーンラビットの群れから庇うような立ち位置に素早く移動すると、その女に背を向けて剣を構え直す。


「え? なにこれ……? なん……で?」


 そこで初めて気付いたのだろう。

 まだ10数匹のホーンラットがこちらに向かってきていることに。


「なんでって……お前が周りも見ずに歩いてるからだろ。ホーンラットのコロニーに突っ込んだんだよ」


「そ、そんな……ボク、またやっちゃった……」


 何か落ち込んでいるようなので話でも聞いてやりたい所だが、今は魔法で援護ぐらいはして貰わないと困る。


 さすがにオレ一人で相手するには多すぎるし、まして無防備なコイツを守りながらとなると勝てるかどうかもわからなくなってくる。


「杖が見えたが魔法は使えるんだろ? 出来ればオレが前に出るから援護して欲しい!」


 さっきちらっと短杖が見えたので、魔法が使えるのは間違いないだろうが、問題は攻撃魔法なり、強化魔法なり、戦闘に役立つような魔法を使えるかどうかだ。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 オレの質問には答えず、何か荷物をごそごそと漁りだしている音が聞こえる。


「おい! もう迫ってきてる……んだ……が?」


 振り向いたオレの視界に飛び込んできたのは、怪しい蝶の仮面を付けた少女の姿だった。

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