【第5話:初級冒険者】

 オレは訓練場で仰向けになって両手を広げ、足を投げ出し倒れていた。


(これが二級冒険者の実力か……全く敵わなかった)


「なんだ? 俺のランク聞いてもまだ悔しがるのかよ?」


 ネヴァンさんはやはり高ランクの冒険者だった。


「たとえBランクの二級冒険者でも、手も足も出ませんでしたからね」


 オレはこの腰に差した魔剣を使いこなすため、7年もの間、それこそ死にもの狂いで鍛錬にいそしんだ。

 剣を手にしてから5年目13歳の頃には、王国流剣術を教えてくれていた先生をその実力で上回った。


 でも、オレは明らかにこの1年、伸び悩んでいる。


 剣の腕や技術はまだ伸びているんだが、身体がその動きについてこない。

 今日も、ネヴァンさんの剣筋が見えていたのに、反応が間に合わない事が何度もあった。


「まぁそう言うなよ。トリスぐらいの歳の頃の俺より、圧倒的に強いぞ? それに、余裕で合格だ」


「え? 合格って何がですか?」


「お前なぁ……そもそも冒険者見習いの免除を行うかどうかを判断するための模擬戦だろうが」


 そうだった。

 模擬戦が楽しくて、すっかり頭から抜け落ちていた。


「ふふふ。トリスさん、凄いことなんですよ。この数年、免除の方は何人かはいましたが、成人してすぐの資格認定試験で魔法使い以外で免除された人なんていないんですから」


「えっ、という事は……?」


「もちろん合格ですよ! おめでとうございます。トリスさんは今日から初級冒険者です!」


 リドリーさんの「今日から初級冒険者です」と言う言葉が何度も頭の中で繰り返された。

 物心ついてから今まで、ただ冒険者になる事を夢見て頑張ってきた。


 その夢が叶ったのだと思うと同時に、ようやく始まったのだと、自然と笑みがこぼれる。


「あ、でも、この後ちゃんと初心者の心得と規約説明を聞いてからですからね!」


「そうか。ようやくこれで……」


「おーい。少年、聞いてますか~? おーい……」


 この後、少しお説教気味に説明を聞くことになったが、こうしてオレは、ようやく冒険者としての第一歩を踏み出したのだった。


 ~


 翌日、日課となっている朝の鍛錬を終え、『旅の扉亭』の旨い朝食を堪能すると、すぐに冒険者ギルドに向かう事にした。


「じゃぁ、バタおばさん。行ってくるよ」


「あいよ。最初は無難な依頼にしておくんだよ?」


 昨日、十分今の実力を思い知らされたところだ。

 背伸びして無理な依頼クエストを受けたりはしない。


「わかってる。簡単な討伐依頼にしておくから大丈夫さ」


「いきなり討伐依頼って……本当にわかってるのかしらねぇ。本当に気を付けるんだよ。あと、これ持ってお行き」


 少し苦笑しながらバタおばさんは、何かの包みをくれた。


「これは?」


「冒険者になったお祝いだよ。お昼にでも食べな」


 中身は肉や野菜を挟んだ白パンのようだ。


「ありがとう! お昼に食べさせて貰うよ!」


 そう言ってありがたく受け取ると、オレは冒険者ギルドに向かったのだった。


 ~


 普通なら水や火打ち石などもいるのだが、オレは魔法でそれらのものを代用できるので、かなり身軽だ。


 日帰りの依頼なら、荷物は動作の邪魔にならない薄手の革製バックパック一つで何とかなる。


 まぁ、本当なら容量拡大の効果がかけられた魔法の鞄が欲しいところだが、それこそ二級冒険者のネヴァンさんぐらいの稼ぎがないと、買えない値段だ。


 もちろん今後の目標装備の一つになっている。


 途中、ギルド近くの冒険者向けの雑貨屋で、携帯保存食とポンチョ、包帯や傷薬などが入った救急セットを購入しておく。


 初級冒険者向けの革鎧も見た目的に・・・・・欲しいところだが、兄さんたちが防刃効果のついた戦闘服をくれたので我慢しておいた。


 もう少し色々見てみたくて後ろ髪がひかれたが、何とか無駄遣いせずに冒険者ギルドの扉をくぐる事ができたのだった。


「トリスさん、こんにちは。さっそく依頼クエスト受けに来たんですね」


 小さなギルドなので窓口は三つしかない。

 ちょうど朝の混む時間に着いたので、誰が受付かもわからずに冒険者の列に並んだのだが、たまたまリドリーさんの窓口に並んでいたようだ。


「リドリーさん、今日からよろしくお願いします」


「はい。こちらこそよろしくお願いしますね。それで……この時間に来てるって事は、さっそく依頼を受けに来たのよね?」


 この受付では依頼を受けるほかに、訓練場や打ち合わせスペースの使用申請を受け付けている。

 それ以外にも、商人からの護衛や素材採取などのクエスト発行の受付ももこの窓口で行っているのだが、それは午後からのみ受け付けなので今は関係ない。


「もちろん依頼を受けに来ました。何か手ごろな討伐依頼をお願いします」


 依頼は併設された酒場横の依頼ボードにも張り出されているが、こちらはパーティー向けのものが多く、個人で受ける場合は受付で実力にあったものを紹介してもらう形式になっている。


 まぁパーティーで受ける場合も実力にあっていなければ却下されるらしいけど。


「ん~やっぱり討伐依頼を受けたいのね。本当は素材採取などの依頼を何回かこなして、いろんな依頼を経験してから討伐系の依頼を受けて欲しいところなんだけど……」


 素材採取といっても、薬草採取などの依頼以外に、猪などの狩りの依頼も含むので、それで練習して欲しいのだろう。

 だけど、オレも一応貴族の端くれだったので、狩りなら何度も経験している。

 その辺りを軽く説明したのだが……。


「え!? トリスさんって領主様のご子息なんですか!?」


「そうですね。でも、オレは三男だし成人して家を出たのでもう貴族ではありませんよ」


 少し話を聞いてみると、リドリーさんは他のギルド支部から3か月前にこの街に移動してきたばかりだという。

 まぁでも、オレは「トリス」としか名乗ってないから、この街の人でも気付かなかったかもしれないが。


「まぁそういう訳なんで、動物の狩りなら何度もした事かあるから、魔物の討伐依頼を受けさせてくれないか」


 この世界では、街を一歩でも外に出れば、魔物と出会う可能性がある。


 座学で習った魔物の定義では「異界から溢れ出す瘴気がこの世界の生き物の形を模倣して実体化したもの」だそうだ。

 冒険者的に言えば「もやが集まって突然出現し、無差別に生き物を襲い、倒すと『瘴気核しょうきかく』を落としてまたもやとなって消えるのが魔物」だ。


「む~……仕方ないわね。見習い免除になったから、魔物の討伐依頼を受ける資格があるからな~」


 そう言って、しぶしぶ討伐依頼の書かれた資料をめくるリドリーさん。


「じゃぁ、このホーンラット討伐の依頼をお願いしようかしら?」


 こうしてオレの初めての依頼クエストは『ホーンラット討伐』に決まったのだった。

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