2.

そいつは、現実味がなく、まるでテレビの中にいるだれかのようだった。


最初に見たのは俺が小学4年生の夏。


1学期も終わりに近づく7月のある日、小学校のプールへ忍び込んだ高校生が溺れてしまう事件があった。


夏休みのプール開放は中止になったこと、プールには立ち入らないこと、校内で警察の人に会ったら挨拶をすること、その三つだけしかクラスの担任は伝えず、テレビでニュースになることはなかった。が、噂は瞬く間に広まった。


深夜に高校生3、4人が忍び込んでプールサイドで酒を飲んだらしい。


酔っ払って、1人がプールに落ちた。ふざけて飛び込んだと言う人もいたし、押されて落ちたんだと言う人もいる。


とにかく、普段は小学生と先生しか入らないプールに高校生が1人落ち、溺れた。


俺は、その高校生はうちの小学校の卒業生なのだろうか、ということがいまでも気になっている。もし違うなら、一度も入ったことのない、なんの思い出もないプールで1人溺れるのはどれだけ苦しくて寂しいだろう。



話が逸れた。


“そいつ”に会ったのは岡やんの家で遊んだ帰りだ。家に帰る途中で通る学校の校門前で、誰かと待ち合わせをしているかのように、ぼんやりと校舎の上を眺めていた。


変なやつ、とすぐに思った。


見ているこっちが暑くなるような真っ黒い長袖シャツを着ていた。背中まである長髪は光の加減で黒にも灰にも見えた。お洒落なのかそうじゃないのか俺にはよく分からない。


手にはコーヒーショップでもらうようなプラスチックカップを持ち、半分くらいまで入った中身が揺れていた。


刺さったストローに口をつけると、苦くて死にそうな顔をした。


そんなにコーヒーは苦いのだろうか。どうしてわざわざ飲むんだろう。顔をしかめている“そいつ”を眺めていたら


「そういう仕事だから、飲む」


しわがれた声が聞こえ、俺はびっくりしてあたりを見回す。


男か女か分からない、八十は超えていそうな老人の声は明らかに“そいつ”の方からしたが、その姿はもっと若く、背筋はバレリーナのように伸びていた。なんなんだ?


何が起きたか分からず、すいません、と口の中で呟いて一目散に走った。


振り返ったら追いつかれる、となぜだか俺は思い込み、全速力で家まで走り続けた。


玄関をバタンと閉じ、鍵を締めるために初めて後ろを見る。


まったく、それはいつもと変わらないうちの玄関で、こんなにこの扉が頼もしく思えたことはなかった。


「どしたの悟。競争でもした?」


トイレから出てきた母さんが息を切らせている俺を見て目を丸くする。


「うん、ちょっと…俺もトイレ行く」


と、慌ててトイレに入った。


母さんが外で「よっぽどトイレが近かったのね~」と言っているのが聞こえた。


俺は決して泣き虫な方ではないが、母さんに会って、安心のあまりこっそりと泣いた。


その晩、通っている小学校が数十秒だけニュースに出た。


プールで溺れ意識不明になっていた高校生が亡くなった、という内容だった。

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ブラック・ミックスジュース @k-suzuko

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