堕落ゴブリンは髪をねじってたい

十参之犀

ゴブ0 〈秩序の光〉と勇者様

 禍々しい赤い光の柱と神々しい白い柱が雲一つない夜空で激しくぶつかり合う。

 だが、その力の差は一目瞭然。白い柱は赤い柱に呑まれていく。


その直後聞こえたのは耳が痛くなるほどの爆発音と一面を焼き尽くす赤い炎。見るに堪えない人間たちの骸。上空に数えきれないほどの魔法陣が浮かび上がり無慈悲にも地を無数の赤い柱が突き刺さり爆発を繰りかえす。それを退屈そうに眺めていると横から甲高い爆発音?が耳を刺す。


「ばぁぁぁぁぁぁぁん!!!!! 」

「お前かぁ…ミリメイア…相変わらずうるせぇなぁ。おめぇはよぉ…」


 ため息交じりに気だるげに視線だけ動かしそれを捉える。縁黒の鎧に身を包んだ顔も性別も何もかもがわからない正体不明のそれを。


「美しいよねぇ……はぁぁぁ……メアレスタ様の赤柱はいつ見ても興奮しちゃううううううう!!!!! お願いしたらアタシのお腹にぶっ刺してくれるかしらぁ……」


 ミリメイアと呼ばれる緑黒の鎧は見てると酔うほど気持ち悪いくらい身をよじらせる。見るに堪えないそれを視界から外し無造作に伸びた自分の髪を一束握り片手でねじる。


「おいおいおい? 君がただのゴブリンだったら跡形もなく消してるところだよ? それ」


 ミリメイアは笑い交じりに視界の中に食い気味で現れる。顔は見えない分余計に不気味さが増している。が、一転。ミリメイアが魔法陣の方を指さし俺もそちらへと目を向ける。


「メアレスタ様が部隊を引き上げるみたい。人間たちは所詮ただの耳のあたりを飛び回る不快な蚊同然だったね。メアレスタ様の前では〈秩序の光〉を与えられた勇者様ですらワンパンだもんねぇ。アタシは残った軍勢のお片付け頼まれてるんだけどぉ。アンタもくる? 」


「はぁ? お前がやれよ。秩序の光…か」

 

俺はため息交じりに返すとふと思い出す。

 〈秩序の光〉 俺ら異界の軍勢が元居た場所からこの戦闘力皆無な人間界に攻め入ったときに空から降り注いだ無数もの光。無力であるはずだった人間たちを力あるものへと変えた誰が何の目的でどんな拍子で起きたかもわからない未知の力。ただそんな力をもってしてもメアレスタの前ではおもちゃを振り回す子供同然だったようだ。


「被害はどんなもんなんだぁ」


 なんてどうでもいいことに浸った後俺はいつも通り髪をねじり始める。


「部隊の6割が死んだ!」

「へぇ、まぁ人間は力ねぇからなぁ…」

「こちらの勢力が…ね?」


 俺は髪をねじるのをやめた。というより無意識にやめていた。人間に6割殺されている……? そんな馬鹿な冗談。ミリメイアなら言ってもおかしくないだろうと鎧を視界に入れ考え直す。ミリメイアが勇者死亡後の残存勢力の掃討に出向くことがまずおかしい。それにメアレスタが前線へ出向いている。これがなによりの証拠だった。

聞かずともわかってしまう。それだけ事態が深刻化していることを。そうとなれば残った人間の数だ。残り1割くらいにはなっているのだろう。俺は返ってくる答えを予め予想し緑黒の鎧に問う。


「人間の残存勢力はどんなもんだぁ…?」

「9割残ってるよ! 前線に赴いてないから知らないか」


 9割残ってる? たかが変な力をもらった人間だぞ? こちらは6割もそれに殺されたってのか?馬鹿な話だ。もうこれ以上にひどい話はないだろう。なんて考えていると緑黒の鎧は腕を頭上に広げ手を開く。今度はいい知らせっぽいな。焦る自分を落ち着かせようと髪をねじり始める。


「なんと! 人間全員勇者なんです!! パパーン!! 驚いたぁ!!! 」


 いくらなんでも馬鹿げている。全員勇者? メアレスタが焼き払ったやつだけでも一割しか死んでないってのか。〈秩序の光〉あれがもたらした恩恵でかすぎやしませんかね。 いままで勇者と呼ばれるのは聞いたことがある。1人がセオリーってやつじゃないのか。 その勇者が一人と仲間が数人。力を合わせて一人の強大な魔王を倒すもんじゃないのか。それがこの世界の人間全員が勇者? メアレスタ軍勢が攻め入ったタイミングに全員勇者になってんのかよ。 とんだご都合主義だ。


「おいおい……何が不快な蚊だよ。耳の周りをドラゴンが飛び回ってんじゃねかよぉ」


「そーなるね!じゃっアタシはメアレスタ様の方へ行くから頑張って生きるのだよ~!」


 緑黒の鎧はそう言うと竜のような羽を4枚背中から出現させ魔法陣の方へと飛び去った。めんどくさいのが消えて俺は安堵し再び魔法陣の方を見やる。それは透き通っていて触れたら儚く散ってしまいそうなほど淡く綺麗なものだった。そんな夜空に黄昏ていると後ろの茂みから赤い光が顔の真横を遮った。


「惜しいあと2センチよこならやれてたぜあれ」

「負けは負けだ! 今夜はお前の奢りだからな」


 その赤い光の飛んできた方向に視線を向ける。勲章を胸に4つ携えた銀髪青マントのおっさんと。見るからにそれの部下であろう金髪ロン毛の青年の二人だった。異界対策委員会というやつだ。突如現れた異界の者たちを淘汰すべく〈秩序の光〉の恩恵を受けたものたち。勇者様たちだ。異界の残党狩りといったところか。


「たかがゴブリン相手に勇者様が二人もおいでになるとはねぇ……俺も偉くなったもんだぁ」

「なぁに好き好んでゴブリンを殺したいのではない。たまたまそこにいたのがゴブリンだった。ただそれだけにすぎないからな。俺の〈秩序の光〉の糧となってもらおうか」


 〈秩序の光〉の糧? そんなことを考えさせてくれるほど生易しいわけもなく赤い光が俺目掛けて飛んでくる。青年は楽しそうにそれを射出し続ける。ミリメイアの言ったとおりだ。間違いなく勇者並みの凄まじい攻撃を相手は容易く繰り出してくる。真正面から立ち向かったって勝ち目なんてないのは明白。俺は髪を一束手に取りねじる。


「右に2センチ……」


 俺は体を二センチ右に傾ける。するとゴブリンの肩を無慈悲にも赤い光が突き刺さる。 結構いてえじゃねえかこれ。安っぽい量産された矢と桁違いだ。しっかりと肩をつかんで離さない、魔法か。俺は地面に倒れこむ。


「ビンゴォ!! 俺サバゲーとかやってたから

射撃には自信あんだよなぁ」


 金髪は嬉しそうにこぶしを握り締めてゴブリンに近づく。すると銀髪の男があることに気づく。まさか狙いがばれたか。


「おいゴブリンのその後ろにある黒い箱は何だ? 見たことない代物だな。高く売れるかもしれん持って帰ろう」


 銀髪が歩みを進めるとそれに続いて自分の手柄だと主張しながら金髪ロン毛も続く。そう、俺みたいなザコ見向きもせずに。


「いやまって俺が倒したから俺のっす……」


 次の瞬間金髪ロン毛の首がゆっくりと地面に落ちる。異変に気付いた銀髪のおっさんは腰に携えた刀を抜こうとする。が、握る腕は遥か後方に転がっている。


「な……なにごとだ!? いたのはたかがゴブリン一体仕留めそこなってもそこまでの痛手ではないはず。ただのゴブリンにしてやられたとい……」


 鋭い銀髪の状況説明を言い切る前に白い光が勲章もろとも心臓を貫く。その光を手から出しているのはさっきのゴブリン。そう俺だ。


「なぁ……おっさん。しっかりとどめは刺さないとだめだろうよぉ……」


 髪をねじりながら俺は口角を上げ動揺を隠せていない銀髪から光を抜く。その拍子に銀髪は受け身をとる腕も失いそのまま膝から崩れ落ちる。


「汚い真似を……その力は……貴様も〈秩序の光〉の恩恵を受けているのだな。人間以外が受けられるものではないだろう……」

「んなことしるかよぉ……さっき〈秩序の光〉の糧とかいってたなぁ。殺せば強くなってくのこれ?」


 脅し半分に俺は白い光を銀髪の首へと添える。銀髪は命乞いするかの如く口を開く。


「殺す……と一言で言っても条件がある。悪と〈秩序の光〉が認識したものの命を刈り取れば力を増すとされている……人間が力欲しさに仲間を殺した事例もあったが力が増えるどころか無くなったがな……だから貴様が人である俺を殺しても糧にはならんぞ……正義に従ったまでだ……貴様も正義を執行しろ……」


 長ったらしい説明に後半に命乞いまでセットでつけてくる必死さに俺は飽き飽きし髪をねじり始める。


「糧とか悪とか正義とかよぉ。どうでもいいんだわぁ……」


 白い一閃とともに銀髪の首が地面を転がる。断末魔も命乞いも許さずに。俺は無数の魔法陣を見つめ何かに一言垂れる。


「はぁ?そんなくだらねぇものお前がやれよ」

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