或る綴ブタ、その財産権。
日本国憲法第二十九条第一項
財産権は、これを侵してはならない。
日本国憲法第二十九条第二項
財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。
割れ鍋に綴じ蓋と、古来曰う。なるほど、よくできた組み合わせである。世間ではそれをベストカップルと呼ぶ。そんな関係の話がある。
◇
―それでは戸島先生、お願いします。
戸島惇太郎です。私は会社を経営していました。ええ、皆さんもご存知のハダアレーヌ屋です。あれね、簡単なんですよ。化粧水タイプと軟膏タイプがありましたけどね、主成分はどっちも重曹です。アルカリ性なんで、肌がぬめっとします。他にもいろいろ入れてたので長く塗ってると荒れるんですけどね、くどいくらい注意書きとかを入れましたからね。お陰様でバカみたいに売れました。それが薬事法だかに触れるってことになりましてね。でもお客さんは喜んでくれたんですよ。本当のことなんか知らなくていいんです。だいたい、原価でいちばん高いのは香料ですよ。チューブ1本分に5円も使ってましたからね。それで喜ばれたんですから、願ったり叶ったりです。
売り方もね、工夫したんですよ。お客さんが広めてくれたらインセンテブを出しましてね。これも組織をきっちりしたら、ネズミ講だの何だのって言われましてね。なんとか法にも違反するって言われましてね。喜んでもらって違法だなんて、法律がおかしいですよね。まあ、こんなことも、言えなかったんですけどね。なんとか執行猶予が終わりまして、本当のことを言えるようになりました。
そんなわけでね、大変な目に遭いましたけど、ハダアレーヌは効く、これは間違いありません。ただ、成分を知っていれば、もっと安くて当たり前だって思えます。そういう意味じゃ、ぼったくりです。でも、でもですよ。あれだけの精度で副原料も混ぜて、安全にお届けするのは大変なんです。私もそんなに儲かったわけじゃありません。裁判が大変で、今も火の車なんですよ。
だいたいね、国はひどいんですよ。犯罪収益だなんて言ってね、お金をふんだくろうとするんですよ。私も、そりゃ、戦うしかない。そうすると、国の代わりに弁護士が儲かる。どうすればいいんだ、一体。こんなことだからこの国はダメなんですよ。経済活動の利益を、難癖をつけて国が掠め取るんです。
そもそも、そもそもですよ。効くものを効くって言ったらいけないってね、おかしな話ですよ。私は本当のことしか言っていない。なのに、法律がどうのってね。この点だけは、私は間違っていない、私は正しい、国がおかしいって、今でも思っています。
じゃあどうすればいいのか。答えは簡単です。あんまり目立たないことです。あんまり目立つと叩かれる。そうはならないような感じでやる。それが、これからの稼ぎ方、儲け方じゃないんですかね。似たような仕事を幾つかいっぺんにやれば、それぞれは知れてます。それぞれの会社も、あんまり大きくなり過ぎません。目立ちません。だから、国の嫌がらせは、他の人に押し付けられるわけです。おいしいところだけいただく。それが正しいんですよ。
そんなわけでね、私は、幾つかの新しいモデルを紹介したいんです。
その一つがこれです。画面をご覧ください。メガミエール。見えにくくなった視力が回復します。これを使い続けるだけです。工場の都合であんまりたくさん作れないので、目立ちません。あと、私は工場主でも社長でもないので、儲かりません。いいですか皆さん、使い続けるだけですよ。難しいことは考えず、一日二回。それで、小さい字が読めるようになったって人が大勢います。眼球を取った人まで、これはすごいって言ってくれます。
もう一つ。カラダサイコーZ。これね、いわゆるサプリメントなんですけどね。いろんなものが入ってましてね。もう、飲むだけでなんとなく気持ちいい。そして続けるうちにどんどんよくなってきました。腰の痛みが消えたり、視界がぼやけなくなったり、肩が上がるようになったり、いろんな話があります。スポーツの選手なんかも飲んでるそうです。これでホームラン王ですよ。それが本物の栄養の力です。こんなものがあるんです。
こういうの、いいでしょ。試したいでしょ。試せるんですよ。ただね、どっちも続けないとダメです。それでね、特にカラダサイコーZはね、無料サンプルがありません。でも、その代わりに、はじめて用のセットがあるんです。これはお買い得ですよ。同じお値段で通常の三倍の量です。効き目は通常の三倍になりませんけど。いいかも知れないと思えば続ければいいんです。必ずそうしたくなりますよ。メガミエールの方は、そういうのがありません。何度も買い換えるもんじゃないんでね、これはもう、諦めて買ってください。
そのへんの細かいことは、後で聞いてください。そこらへんは、私の仕事じゃありません。
私はね、そんなことより大事な話をしたいんですよ。
儲けたいにしてもそうでなくてもね、やっぱりね、世のため人のため。これが基本なんですよ。だから私は、そっちの運動を本職にしてます。さっき紹介したのなんか、ただのユーザーです。でもね、いいものだから、ご紹介してるんですよ。これが人の道です。
こういう運動をやるとね、お金もかかります。実際にどこかに行って話を聞いたり、えらい人にお願いに上がったり。ひどいときは、毎日新幹線に乗ってますよ。新幹線乗客組合でも作れたら、荒稼ぎできるんじゃないかってくらい、新幹線。飛行機も乗るけど。でもね、いいんです。寄付をして下さる方がいましてね。交通費くらいなら、だいたいなんとかなります。いろいろありますけどね、私が皆さんの代わりに身を削っているんです。こういうことをしているとき、生きてるんだなって感じがします。
もっといいことをしよう、いいことをする人を助けようってことでね、この前も、大臣と会ってきました。大臣もよくわかってくださいました。多分、大勢の人が助かります。私の名前が出るわけじゃありませんけどね、いいんですよ。それで。
でもね、結果として、儲かるんです。それでいいんです。儲けるのはすばらしいことです。限界もありません。こういうことをやればね、いいんです。一緒にやってくださる方がもっと増えれば、私はもっと働けます。そして儲けをどんどん世のため人のためにつぎ込みます。
そんなわけで、明日もちょっと遠出します。もうかつかつで大変です。皆さんのご支援が必要です。もう一ついいことをするってことでね、何卒よろしくお願いします。
(割れんばかりの拍手)
―戸島先生、ありがとうございました。
◇
「何、これ…大したことは言ってないのに矛盾だらけじゃないか。」
「戸島惇太郎、39歳、前科二犯。その講演録だ。」
「どうせマルチ商法とかだろこの売り物。」
「片方はその通り。しかも中身もいんちき臭い。」
「じゃ、片方は違うと言い張るためのダミーってところか。カモがいればボロ儲けだな。」
「ところがこいつは本当に売ってないんだよ。」
「なんだって?」
「顧問をやって報酬を取っている。どうやら本当にそれだけだ。」
「信頼と実績ってやつか。」
「持ちつ持たれつってヤツでもある。なんせ歩合制報酬ありだからな。」
「もっと裏がありそうだよな。」
「ああ。商材絡みの工場や商社の利益を吸ってるんじゃないかって線を洗ったら、ダミーを噛ませてやってそうな線が浮かんだよ。まだ詰めてないけどな。」
「しかしな、こんなのを信用するやつらがいるんだな。」
「いるんだよ。一種の共依存なんだろうな。」
「依存、か。確かにそうだ。全面的に信じられる相手がいれば、ラクだもんな。」
「そういう信者に依存する商売なんだよ。ただ、こいつなら、違う手口でもやれるんだろうけどな。」
「かわいそうなのは信者だな。キモチヨクナールだっけ、あれ、買い込んで死蔵するんだろ、どうせ。」
「だろうな。そこも考えて、成分の分析を頼んであるよ。」
「ほぉ。」
「保存料がどっさり入ってるって線の分析を、特にきっちりとな。」
「それにしても、前にハダトケールでやったときの被害者の声とか、ないのか?」
「一応残ってる。でもな。ありゃダメだろ。欲の皮が突っ張ったお前らが被害者面するなってのと、注意書きを読まずに使うなってのが、当時の反応だった。実際それなりには効いたからな。やたら高いってだけで。」
「そいつら、接触しても役に立ちそうにないな。」
「……まあそのなんだ、関わりたくはないよな。」
「あっ、あと、運動も怪しいな。」
「まだ証言しかないが、一つ派手なのがある。団体から交通費を出して、相手からも車代を受け取ってるらしい。」
「それ、あからさまな不正じゃないか。額が少なくても、はっきりするだろ。」
「しかも個人的流用の痕跡もあるんだぜ。こっちは立証するのが大変だけどな。」
「だいたい、この運動、何をやってるんだ?」
「何かやったふりをするための運動って感じだな。国会議員のところに押しかけて、一緒に写真を撮ったり。そんなアリバイだけは充実してるんだが。主義主張もはっきりしない、有耶無耶な話ばっかりだよ。」
「議員も嫌がるだろ。」
「溺れかけてる議員だっている。あいつら、藁でも平気でつかむぜ。お前もそういう怪しい写真、いくらでも見てるだろ。」
「ああ。それにしても、この写真とか、有名な議員だぞ。事故物件だけってこともない。よくこの背景で撮れたもんだよ。」
「呼ばれてないのに押しかけるからな、ヤツらは。」
「しかしな、それがアリバイになるのか。議員に会って何をやったかの話が全くないだろ。」
「なるんだよ。それで通じる相手がカモなんだから。」
「宗教かよ…」
「宗教なら、まだ、ご利益の話をするだろうな。」
「宗教にも劣るってところか。しかし何やってんだいったい…」
「マルチ商法の擁護。妙な質問が国会に来かけたら止めるとか、警察の動きを見て働きかけるとか、そういうのが本筋らしい。」
「クズだな。」
「ああ。それだけじゃない。NPO業界にも食い込んでる。」
「なるほどな…老人ホームの役員までやってるって、手広いな。」
「そこはな、親がやってたのを受け継いだだけらしい。俺も気になって調べたんだが。」
「そうか。でも人脈をたぐるとなんか出てくるかも知れんぞ。」
「それもそうだ。で…どうだい?」
「ん?」
「ここまで見せたんだから察しろ。一緒にこいつらを洗おうぜって相談だよ。一人じゃ限度がある。お前、今、ヒマだろ。ネタ切れで。」
「やらんわけがないだろ。とりあえず作戦でも考えるか。ところで…前科二犯のもう一つは?」
「強制わいせつだった。」
「ああ、そういうタマか…埋もれたネタが山ほどありそうだ。」
◇
悪徳商法屋兼NPO代表の戸島は、あの講演一回で、都合三百万円を稼いだという。それは戸島の自由な営業の成果である。しかし戸島は、かつて有罪判決を食らったことを忘れている。二人のジャーナリストに身辺を洗い尽くされれば、どうなるのやら。
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