第14話「革命のやり方を教えてやる」


「白河さん、どうかしましたか?」


 久野と別れ、最上階手前まで来た白河は電池を抜かれた様に立ち止まった。先頭で率いていた人物が突然立ち止まれば何事かと思うのは自然だ。同志の一人が声をかけると、白河に再び電源が入る。


「…………何でもありません」


(何でしょう……突然、胸騒ぎが)


 白河は水を浴びたように首を振ってから、最上階の扉へ手をかける。


「敵がわんさかいる可能性が大です。皆さん、覚悟は良いですか?」


 銃を構え直し各々息を呑む。扉を開こうとする白河の腕へ、全員の視線が集まった。

 敵がいると仮定し、勢いよく扉だけを開ける。もし相手が銃を構えていれば銃弾が降り注ぐだろう。しかし、雨は降らなかった。代わりに奇妙なくらい静かな空気が流れてくる。


 仲間の一人が鏡を使って最上階を確認する。A棟と同じ造りをしていて、奥に簡易的な部屋が設置されている事と、真ん中に大きな柱があるだけで後は何もない。

 ここで立ち止まっている訳にはいかないので、白河の合図とともに全員が慎重に最上階へ侵入した。


(誰もいません。もしかして、久野の方?)


 気配がないとなると、次に目指すのは奥にある小さな部屋だ。そこは久野の時と違い、扉が開かれていた。それをどうぞお入りくださいと取るか、入れるものなら入ってみろと取るか、白河の心境はどちらにも傾いていた。

 フロア銃を警戒しながら、忍び足で近づき、部屋の前へ。開かれているので中は見えるが、部屋全体を見渡すには入る他ない。

 白河は先陣を切って部屋に侵入した。


「…………そこで、何をしているのですか?


 部屋は会議に使われる楕円形の長机が置かれ、背もたれの長い椅子が等間隔に設置されていた。その一番奥、一人の人物が悠然と佇んでいた。白河はその人物を見て銃を下げる、困惑の色を隠せないのはそれが良く知った人物だったからだ。

 厚労省の重役、ラーメン取締法を主導した政治家がいると聞いて突入したが、その姿は何処にもなく、居るのは健康増進局局長であり、ラーメン取り締まり部長官の小泉だけだった。


「お前こそ何故こんな無駄な事をしている?」

「質問を質問で返さないで下さい」


 部長が立ち上がったので白河以外の全員が銃を構えるが、片手を上げて攻撃の意志はないと主張する。


「お前達が潰れるのは簡単だったよ。我々と利害の一致した組織と手を組み、スパイを潜り込ませた。残念な事に今日の作戦は全て筒抜けだ」

「スパイ……」

「ハンバーガー派だ。私の案ではなく、某国から金を貰っていた厚労省の作戦だがね。今日まで知らなかったよ。そして今回のテロで世論は少し動くかもしれないが、健康増進法は止まらない。その中で、ハンバーガーだけは擁護する約束で手を組んだ。あいつらは良くやったよ、各地でお前等の動揺を誘い、そのうちに我々ラ取が鎮圧に成功した。今後日本にはハンバーガーのみジャンクフードが生き残るだろう。お前は知らないだろうが、WHOではハンバーガーは第二種健康食品に分類される事になっている」

「それでも、ラ取長官のあなたと厚労省の重役を捕え、クーデターを起こします。必ず国を動かす」

「無駄だ。情報統制されるし、第二、第三の同じ政治家が立てられるだけだ。お前の敵は国家じゃない、世界なんだよ」

「世界……?つまりWHOが、国連が裏で糸を引いていると言う事ですか、それは」

「日本だけじゃない。あらゆる国の非健康を促す国民的フードが撲滅計画に上がっている」

「そんな……」


 国ではなく、もっと大きなものを相手にすると知って、さすがに白河や他の同志達の勢いが落ちた。国を覆した所で次は更に厳しい戦いを強いられることになる。

局長は厳しい顔を崩さないまま、こめかみを二本の指で叩いた。


「頭を使え白河。一先ず、妥協案で我慢するしかない」

「どういう意味ですか?」


 敵である相手の台詞とは思えない、同情するような声色。不信感から白河の顔に冷静さが戻って来る。


「――白河!」


 局長が口を開いた瞬間、部屋に久野と率いている部隊が流れ込んで来た。一斉に銃を構え、そして久野だけが眼を見開き動揺する。白河とほとんど同じ反応だった。


「局長」


 銃を構えたままモノローグを発する。白河の様子を確認し、彼女に敵意がなく、寧ろ戦意喪失している事を察して銃を下げる。


「申し訳ないけど、あなたと重役を捕えさせていただく。抵抗するなら殺す」

「やめておけ、久野。お前等は窓の外から狙われている。私が説得する言う条件で、殺させないように上へ提案したんだ。お前たちは貴重な同志達だからな」


 局長は久野に向き直り、手を広げた。それは久野が演説をした時に酷似していた。


「実は私もラーメンが大好きだ。そもそも、ラーメンが嫌いな日本人の方が少ないだろう。一時的とは言え横暴に屈するのは正直悔しいが……ここは私の作戦に乗ってくれないか。お前達もこのまま殲滅されて終わるのでは無念だろう。勿体ない事に、お前たちは動くのが早すぎたんだ」

「……どう言う、意味だよ」

「久野、お前に革命のやり方を教えてやる」



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