第13話「眼鏡が……曇る、な」


 土美濃同様、足止めを受けているのは香川も同じだった。通信係へ各部隊が攻撃を受けている情報が次々に送られ、順調だった作戦に曇りが出てくる。

 香川は食べ終えたカップラーメンの容器を灰皿代わりにし、深く溜息を吐いた。


 此方の場合はハンバーガー派の謀反と言うより、早すぎるラーメン取り締まり部隊の到着に悩まされていた。


(思った以上に早い。それにこの、相手の数)


 特殊訓練を受けた限られた者たちで構成されている為、ラーメン取り締まり部隊の数は多くない。全国で展開された今回のテロの対応で、ピンポイントで本隊の場所に戦力を集中させることが出来たのは明らかに不自然だった。


(スパイが居たか。作戦は全てバレていると思った方が良いな。となると、ここの相手は……)


「第十部隊も鎮圧されました!」


 こちらも武装しているので相手の数も減ってはいるが、所詮付け焼刃のゲリラ部隊。プロの集団には到底敵わない。五十あった部隊は既に半分以上に減らされていた。


「作戦を実行したまま、今の半分にまで減ったら全体八方に散って最後までファミレスを潰し続けろ。その後、お前らも地下へ逃げろ」

「えっ?」


 香川は煙草を消し、防弾チョッキ等の装備を付けて行く。最後に脹脛、太もも、腰と、合わせて六挺の拳銃をホルダーに差し込み、グローブを嵌めた手で眼鏡を上げた。


「香川さんはどうするんですか?」

「同志達が少しでも遠くに行けるよう、足止めをする」

「足止めって、一人で!?」

「問題ない。俺は極太麺のコシより強い」

「いや、ちょっとわかりにくいですけど……死んじゃいますよ!」


 今日初めて会ったばかりの青年は本気で香川を心配し、止めようと必死になった。心優しい若者がラーメン好きに居て光栄だと感じる。


「会えたら、今度は一緒に有名店を回ろう。お前らにラーメンの加護があらんことを」


 とある建物、指令室として使っていた部屋を香川は勢いよく駆け出して行く。残されたメンバーは通信機を置くわけにもいかず、そのまま香川の背中を見送った。


「よくわからんけど、やっぱりやべぇ人だ……」


       ※


 途中遭遇したラーメン取り締まり部隊を殲滅しながら、被害の甚大な場所、つまり敵部隊が特に集中している場所まで香川は一気に走り抜けた。

 茂みに隠れながら相手の数を確認する。向こうも姿をさらしている訳ではないので大まかな人数しかわからないが、指揮を取っているらしき者を三名確認し、全部で十数名だと把握する。


 高い建物も多く、スナイパーがいる可能性もある。常に自分の位置と立地を確認しながら、香川は最初のターゲットに目を付けた。

 息を潜めて近づき、死角を突いて相手の背中に三発の銃弾を叩き込む。防弾チョッキに守られているが、至近距離からの銃撃により相手は気絶した。

 乾いた銃声を出した事により敵に位置がバレる。振り向いた四人の両足を打ってからすぐに姿を隠し、再び死角に身を潜める。


 一瞬にして五人を行動不能にさせた香川は短く息を吐き、すぐさま次の行動に移った。


「敵襲!」


 その掛け声で少し離れていた取り締まり部隊も壁伝いに駆け寄り、追撃に備え一気に隊列を組む。

 後方に居た体格の良い男がヌっと前方に現れる。彼だけが隊列を崩し、何時狙われても可笑しくない位置に身を預けた。

 武装している隊員と違い、彼だけは防弾チョッキすら付けていない普段着の和服だった。装備は拳銃と、腰に下げられた一本の日本刀のみ。


「隊長!下がってください!」


 隊長と呼ばれたその男――伊勢は不敵な笑みを浮かべ、倒れている隊員を見下しながら言う。和服の懐に片腕を入れて、怠そうに立っている。


「あぁ、あぁ、大丈夫だ。いいから死に損ないを手当しろ。俺が見張ってる」

「ですが敵が、何人いるかも、まだ……」

「おー、頭使え。一度に五人やられたが、それ以上の数ではないだろうなぁ。もしそうなら今の奇襲と共に畳みかけるはずだ。隠れたのはヒットアンドアウェイをする必要があるから、つまり少人数だ。きっと二、三人……いや、この見た事のある手際、多分一人だなぁ。数では勝っている。命令だ、早くせんか」

「り、了解」


 淡々としゃべる隊長を盾に、隊員は倒れている仲間を救出した。

 それと同時に、建物から素早く姿を現した香川が隊員達を打ち抜こうとしたが、伊勢が素早く銃で応戦し、香川はそのまま物陰へ隠れた。


「居ました!あの影です!」

「あぁ、待て」


 隊長の攻めようとした隊員達をペットの犬のように止める。


「お前等じゃ返り討ちに遭うぞ。下がってろ」


 伊勢は不用心に物陰まで近づき、そのすぐ先に隠れている人物を確信する。

 姿の見えない相手に、ゆっくりと口を開いた。


「やっぱり俺の読みは間違ってなかったなぁ、。お前は嘘が下手だ」


 香川は沈黙したまま、すぐ傍にいる伊勢を警戒している。


「どうする?今なら俺が口を聞いてやるぞ。戻って来るか?」


 と、発言した刹那――――香川の目の前に伊勢が飛び出した。不意を突かれて銃を構えるのが遅れる。

 ほとんど反射で香川は首を左に傾け、頭の合った部分に刀の切先がガリと音を立てた。足に向けて銃弾を放つが、素早く身をひるがえして避け伊勢は刀を振りかぶる。


 手首を持って剣撃止め、香川のもう一方の拳銃を握る手を逆に伊勢が掴んで止めた。拮抗したまま、二人は至近距離で睨み合う。


「卑怯者め」

「不意打ちは正統な戦術だぞ。さて、家畜の餌のようなあの汁の事は諦めて貰おう」

「…………お前をその家畜の汁のダシにしてやる」


 二人は同時に相手の手を振り払い、手持ちの武器で牽制する。香川は踵を強く踏みつけれようとするが、伊勢は行動を呼んで上手く間合いを詰めてくる。

 片方は軌道と指先を呼読んで銃弾を避け、片方は姿勢や関節の動きから剣撃を一ミリ単位で避けて行く。


 銃声をBGMに奇妙なダンスを踊っている二人だが、一撃必殺の武器同士、その演目は長く続く訳がなかった。

 伊勢はわざと単調な動きをしてリズムを作った後、それを崩して突きを入れる。よく研がれた刀は香川の太腿を貫通し、スーツから血が滲む。


「っぐ」


 完全に動きを止められた香川は痛みに顔を歪ませた。


「このまま義足になりたくなけりゃ、降参しな」

「あいつらと、ラーメンが食べられない世界なら」


 香川は足に刺さっている刀身に両側から銃口を当てた。激痛の中に、大腿骨が振動する感覚を覚えた。


「義足の方がマシだ」


 そのまま数回引き金を引く、香川が何をするか理解してから伊勢は刀を引き抜こうとしたが、一歩及ばなかった。

 一度ならまだしも、固定された状態で銃撃を何度も受ければ刀が折れることなど容易い。後ろに引いた伊勢の腕には、柄のすぐ先から折れた刀が引っこ抜かれる。


 香川の右手の拳銃にはまだ弾が残っていた。そのまま構えて打つのと、伊勢が体勢を立て直してから銃を構えるのではどちらが早いかは明白、一秒も経たずに伊勢の四肢へ銃弾が撃ち込まれ、そして香川は銃を打った反動で、互いに背中から地面へ倒れた。


「ちっ……捕えろ!手負いだ!」


 伊勢の合図で待機していた部下達が突撃してくる。左足に大けがを負った香川は成す術なくラーメン取り締まり部隊に囲まれた。

 隊員は香川を拘束しようと近づき、倒れている彼を無理やりうつ伏せにさせる。そのまま拘束しようとした瞬間に隊員は飛び退き、慌てて逃げようとする。が、足がもつれて転んでしまった。


「おい、どうした」


 伊勢や他の隊員が怪訝に思った瞬間、その答えが転がって来る。その地に転がった小さな塊は、

 全員の思考が停止した。

 香川だけは遠くで戦う幼馴染の事を想い、また三人でラーメンが食べたいと願うのだった。

 戦闘で消費した体力と痛みから呼吸が乱れ、マスクのせいで視界に白い影が出来て行く。


「眼鏡が……曇る、な」


 手榴弾の爆撃が伊勢、香川、ラーメン取り締まり部隊を包み、辺りを容赦なく四散させた。




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