第11話「Let’s go have some fun」
――作戦開始から約四十分。香川の率いる油連合本隊は順調に辺りのファミレスを営業停止に追い込んでいた。
現在、拠点から半径一キロメートルに被害は及んでいる。片っ端から、と言うより規模の大きい、客の多い店を重点的に狙って行った。これにより局地的「過ぎる」という事を出来るだけ回避する狙いだ。
「香川さん、第十五部隊が警官と交戦中です!どど、どうしましょう!?武装してるって!」
「まず相手の規模を聞け、大体の数で良い。あと、人に危害を加えてないかも確認しろ」
香川は第一部隊に所属し、拠点の中央で動かずに戦況を把握する事に徹していた。通信役の同志は酷く狼狽しつつ、味方の部隊と早口でコンタクトを取る。
「数は同じくらいだそうです!人は傷つけてないって!」
香川は一瞬だけ考え、咥えていた煙草から煙を吸った。煙を吐きながら鋭く言葉を解き放つ。
「なら、速やかに撤退。第三部隊が近くに居るはずだ、逃げるフリをして合流、交戦しろ。だが無茶はするな、これ以上は無理だと各隊長が判断したら即座に降伏しろ。拘束するにも時間はかかる。優先するのは一件でも多くファミレスを潰す事だ」
「り、了解!伝えます!」
香川は地理と、率いている部下の規模、そして五人いる通信役の情報を脳内でかき混ぜ、作戦を常時組み替えて行く。
(動き出したか……だが、遅いくらいだな。これが反法案の秘密結社のテロだと知れば、ラ取も動く。勝負はそこからだ。それまでに、どれだけ潰せるか)
香川が率いる部隊は全部で五十ある。各部隊は十人前後で組織されており、拠点から蜘蛛の子を散らすように進撃していった。その全ての隊の侵攻ルート、能力を把握し、頭に叩き込んである。
記憶力には自信のある香川だったが、地理とセットに覚えて作戦を汲む事はさすがに骨が折れた。
しかし、彼はラーメンと友人の為にそれを易々とやってのける。
「そろそろ周辺のファミレスに護衛が配備されるはずだ。そう言った店は後回しにして、守られていない店を率先して潰せ」
香川の言う事を通信役の者達が各部隊へ伝える。香川の命令が下る度、交戦している部隊と同じくらいの緊張が彼らに走った。
秘密結社のほとんどが戦闘の素人、ただの一般人だ。まるでこれが演習とでもいう風に落ち着き払っている香川に、通信役達は尊敬の眼差しを向ける。
「香川さんて、何者なんですか?元軍人とか……?」
「おい、喋るな。各部隊の一瞬のSOSを聞き逃す可能性もある。任務に集中しろ」
「す、すいませんっ」
(良く分からないけど、やべぇ人だ……!)
通信役の五人は各々で目線を交わし、息を呑んで聴覚に全ての意識を集中させた。香川は煙草を消し、休む事なくもう一本火をつける。
嘆息に似た煙を吐き出し、遠くに居る二人の戦友の無事を想う。自然と、向こうと繋がっている空を仰いだ。
雲一つない晴天。これなら、雨で眼鏡が曇る事もない。
「勝利のラーメンの味は、格別だろうな」
通信役達に聞こえないよう、香川は小さく呟いた。
※
別地方の油連合部隊、順調にファミリーレストランを潰し回っている隊が侵攻する。この辺りの部隊を率いている幹部はつい最近加入したピザ派の土美濃だ。
ラーメン派とは別にピザ派が彼の指示に従い各隊長は作戦を進めて行く。
「久野君と香川君の作戦は素晴らしいね。そしてそれを忠実に実行できる我々も」
軽快に銃を乱射しつつ作戦と部下たちを鼓舞する。司令塔に徹する香川とは違い、土美濃は最前線で部隊を率いていた。連絡や指令は別の信頼できる仲間に任せてある。ダンスは踊らせるよりも自ら踊る方が彼の性に合っていた。
「おや」
襲撃を終え、店を出る。次の標的へ赴こうとしたその時、土美濃は妙な感覚に捕らわれた。
(やけに、街が大人しい)
辺りを見渡す。これまでも襲撃後人が逃げ出して閑散としていたが、それとは少し違う。世界から人類が消え去ってしまったような静寂に感じる。
(人払い?誰が?何故?)
「土美濃さん、どうしました?」
立ち止まっている彼に対し、後ろから声がかかる。
次に飛んできた彼の言葉は、「下がれ」だった。
――すぐに爆発音が周辺に轟く。花火や、ガス管が破裂するなどの生易しい物ではなく、一般人は一生聞く機会がないかもしれない「爆発の音」だ。土美濃立ち寄り手前に落ちた其れはコンクリートを木っ端みじんに砕き、熱風と炎で辺りを支配する。
土美濃の指示が後数秒遅ければ、全員がコンクリートと同じ状態になっていたかもしれなかった。
(重火器……ラ取?いや、まだ早いね。警察であるはずもなし)
普通なら潜伏して応戦する所を、土美濃は部下を待機させてから自身だけ見晴らしの良い所へ赴く。遠くには青々とした木々が茂った公園があり、そこへ向かって土美濃は叫んだ。
「おい、そこの、誰だ?」
すぐに問いかけには応じず、しばらく沈黙が流れる。もう一度声をかけようとしたその時、公園の門の陰から一人の人物が姿を現した。
簡単な武装しているが、体のラインで女だと分かる。機関銃を持っているが、それを土美濃には向けずに肩で担いだままにこやかに笑っていた。
互いに銃を持っているし、今殺しかけたとは思えない態度で、友人に手を振るように歩いてくる。
「ちゃんと狙ったんだけド、運がいいネ!」
土美濃に攻撃を仕掛けたのは、油連合幹部、ハンバーガー派のウェンディだった。
「あぁ、君かぁ。今のは変わった挨拶だったね。どういう事かな」
「簡単よ、厚労省と手を組んで、ハンバーガー派を存続させただケ!作戦の事もラ取にバレてるから、思った以上に早く決着がつくヨ!」
「成程。詳細はわからないけど、君はそもそもスパイだったんだね」
「yes、こんな戦いクレイジーだヨ!私達はあなた達を利用しただけ。OK?」
後方、土美濃の通信役にはハンバーガー派の各地での謀反の連絡が入っていた。彼に指示を仰ぎたいが、援護を頼まれているので動く事も出来ない。
部下の慌てる雰囲気で、土美濃は今自分達や、油連合が置かれている状況を察する。
「丁度いい、ハンバーガーと言う下品な食べ物に制裁を加えようじゃないか。嫌いなんだ、ファストフードは」
「下品……HAHAHA!ok、let’s go have some fun」
「Vuoi essere pasta pizza?」
皮肉を言い合った瞬間、お互いが銃を構える。同時に後方からも銃撃が飛び交い、ピザ派とハンバーガー派の市街戦が始まった。
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