第9話「名前は『油連合』にする」
「――と言う事があった。やつ……伊勢はどこまで知っているか分からない。油断できない男だ」
「と言うかそれはもう、香川が秘密結社と繋がっていると気づかれていませんか?」
「その辺りはぬかりない」
「どうだか、香川はエリートポンコツだからなぁ」
「おい、取り消せ。今の言葉」
秘密結社地下工場、会議室。三人はラーメンを食べながら今後について話し合っていた。話し合う、と言うよりはリーダーである久野の作戦を聞くだけなので、定時報告のようなものだ。
香川は湯気で曇った眼鏡をハンカチで拭う。
「分かっている通り、既にほとんどのラーメン屋が潰されている。このままでは本当に日本から、いや、世界からラーメンが消えてしまう」
「潰し回っている本人が言わないで下さい」
「手加減はしている。だが手を抜きすぎると怪しまれる」
「まぁ有力な店主たちは大体ウチの構成員か、保護しているから問題ないよ。法律を覆せばすぐに復活できる」
「簡単に言いますけど、どうするつもりですか?」
久野はすぐに返答せず、沈黙が流れる。麺を啜る音と咀嚼音が数秒部屋を支配した後、箸を置いてニヤリと笑った。
「政府と同じことをする」
「と、言いますと?」
上品にラーメンを食べていた白河はそのまま流し目で久野を確認する。不敵な笑みを浮かべたままの久野はおもむろに立ち上がり、ドアへ向かって行った。
「まぁその前に、ちょっと待っててよ」
※
数分後、ドアが錆付いた音を立てて開く。
久野は出て行ったままの表情をしたまま、腕を前に出した。誰かを部屋に招き入れる仕草で、その通り後ろから若い二人が入室する。
一人はジャケットにジーパンのラフな格好の女。腰まで届く長い金髪、洋の東西を混ぜた整った顔立ちと服の上からでもわかるスタイルの良さは一目で器量の良さが伺える。凛とした佇まいのままツリ目で会議室を見渡し、不思議そうな顔をしている。
もう一人は黄色いシャツと鶯色のスーツを着崩す男。髪をオールバックに固めている。隣の女性も身長だが、さらに背が高い。首も腕も足も細くどう見てもやせ型でさらに細長く見える。日光の入らない部屋だが、サングラスをかけていた。ガラの悪そうな井出立ちはマフィアめいている。
初めて見る二人だった。白河と香川は無言のまま、説明を求める視線を久野に送る。
久野はまず女性の方に手を差し出した。
「紹介するよ。まずこちら、ウェンディ・モスロッテ・新王さん。帰国子女でアメリカ人と日本人のハーフ。ハンバーガー派のリーダー」
「どーも!素敵な所ネ!私の事はウェンディでいいヨ!」
紹介された後、大きな声で敬礼のポーズをとる。豊満な胸部が揺れ、香川は「うむ」と何気なく声を漏らした。
久野はもう一人の男性へ手を向ける。
「こちらは土美濃 窯太郎さん。ピザ派のリーダー」
「よろしく頼むよ、私の同胞達」
土美濃は何故かイタリア国旗を模したハンカチを取り出し、手を振る代わりに其れを揺らした。
久野は最後に、困惑する白河と香川に手を伸ばし、今度はウェンディ達へ紹介する。
「で、そっちの二人が白河紀子と、香川司納。一応ウチの幹部」
「え、私幹部なんですか?」
「おい、幹部になった覚えはないぞ」
「まぁ、こういう適当なやつらなんで、宜しくね」
「それはあなたですよ、久野」
ウェンディは手をパチンと叩き、短い距離を駆けよる。箸を置いている二人の手を取り、無理やり握手させた。
「よろしく、よろしクー!」
ぶんぶんと振り回されるが、振り掃う訳にもいかず成すがままにされる。見た目のキャリアウーマン感からは考えられない天真爛漫な振る舞いに白河も香川も戸惑った。
「久野、それで、どういうことですか?」
白河は体を揺らされながら、すまし顔の久野へ問う。更に二つの椅子を用意して全員を座らせると、彼は席に付いて再び箸を持った。
「香川の会議の情報と、僕が内偵した結果を両サイドに伝えたら、協力してくれることになったよ。ラーメンの次はジャンクフードが標的なのは事実、ここでこの法を潰しておかないと明日は我が身。利害の一致ってやつさ。とりあえず、二人も幹部入りだね」
「つまり私達は、全国のラーメン好き、ハンバーガー好き、ピザ好きと結託する訳ですか」
「そうなるよ。秘密結社の名前は「油連合」にする。今決めた」
「良いネーミングセンスだ。だが二度と口にするな」
話を聞いているのかいないのか微妙なウェンディは、とりあえず二人の手を離す。そして香川に丼ぶり一杯分の距離まで詰め寄った。
「オー、香川、キュートな顔してるのネ。私好みだよ」
「な、なんだお前は……」
突然近づかれて香川は素早く眼鏡を上げる。視線は完全に豊満な胸と床を行ったり来たりしていた。
赤面して狼狽する香川を見て、白河は珍しくムっとした。
「コホン。あー、その、ウェンディさん、香川が嫌がってますよ。離れて下さい、早く」
「そうなノ?香川?」
「嫌と言うか、距離が近い」
「オーゥ」
ウェンディはステップを踏み、残念そうに下がる。白河がつまらなそうに自分を眺めていたので、とりあえずウィンクを返しておいた。予想外の反応をされた為に、不愉快を隠さない顔で白河は小さく嘆息した。
「美男子と二人のレディが揃ったところで、作戦を聞こうか、リーダー?」
いつの間にか席に付いていた土美濃は物騒な組織に居るとは思えないくらい、陽気な調子で言った。
「うん。じゃ、ウェンディも座ってくれるかな」
「オッケー」
敬礼と共にネイティブな発音で返事をし、ウェンディは香川の隣りへ腰を下ろす。妙に距離が近く、白河はじっとりとした目でそれを睨みつけていた。
「そうだ、作戦の前に、二人にもウチのラーメンを振る舞っておこうか」
「オゥ!エクセレンっ!」
「素晴らしい、名案じゃないか。今度極上のピザを振る舞うよ」
「話が進みませんね……」
白河は普段のペースを崩されて疲れたのか、二人のラーメンついでに替え玉を頼む事すら思いつかなかった。
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